実際には全然どうにもよくないのだが、絶賛、人生が停滞しすぎている。
親業を営み始めたものの、これは始めたくて始めた生業ではない。子どもがほしいという願いは、夫9割、私1割。夫の「この夢は自分1人では叶えられない」という言葉に、「確かにな〜」と思って決断した際、「妊娠と母乳を出す以外は(役割を)投げるよ!」と交渉(?)したはずなのだが、1年近くやってみて、全く役割を投げれていない。結局のところ、見えない家事や育児を担っている。
親業を営み始めたことで、とてもじゃないけど仕事との両立が無理になり、とある仕事が1つなくなった。同じくらいのタイミングで、取引先の事情で仕事がもう1つなくなった。生成AIの台頭で、仕事はまだできているけれど、「私の仕事、要らなくない……?」と慄く日々が続いている。
親業を営み始める前から、家事が大嫌いなのに、家事ばっかりやっている。家事が嫌いなのに、私に能がなくて、家事しかできないことに気付かされる。家事しかできないが、家事が嫌いなうえ、決して器用でも要領がいいわけではないから、ろくすっぽできない。機械任せ。機械に任せるということは、それだけ水道光熱費だったりサービス代だったりがかかるということだが、仕事がない。人と関わることに苦手意識がありすぎてやれる仕事が限られる。限られる中で、能がないから、結局あまりできる仕事がない。
詰んだ。
私が大好きなことは、時間を忘れて熱中できることは、お金にならない。私が大好きなこと、時間を忘れて熱中できることは、やっていて楽しいけれど、決して他人から「うまい」とか「すごい」とか言われるレベルには達してないから、全然達してないから、その事実に打ちひしがれる。好きだけど、下手。好きだけど、役に立たない。好きだけど、金にならない。どうしたらいいんだ。
そんな風に、毎日ちょっとずつ心が死んでいくんだけど、無事に生まれてきてくれた超・純粋な生き物を大切にしたい気持ちはあるから、そのためのルーティンだけは毎日コツコツこなしている。育児。休みなし。顔が死んでる時もあるけど、超・純粋な生き物に笑いかけられると一瞬復活する。この生き物はすごい。恐ろしい力を持っている。
しかし、この生き物による恐ろしい力も、「自分を大切にする」が全くできない、というかどういうことなのかわからない私の根底を回復させる力はなくて、日に日に自分自身が沈んでいくのがわかる。
夫は「幸せ」だと口にする。
私の幸せの定義は、やりたいことをやりたいようにやれるか否かであり、その定義上でいうと、私はあまり幸せを感じられない。
すごく説明が難しい、伝わらない気がしてしんどいけど、超・純粋な生き物の存在は大切にしたいと思っている。この存在を育て上げることは絶対放棄しちゃダメだ!と思っている。
だけど、そろそろ自分が死にそう。どうしたらいいかわからない。本当に、真にやりたいことを突き詰めたとき、私は何もしたくない。家事も育児も、お金稼ぎも。ご飯だって、別に三食、一汁三菜が食べたいなんて私は思ってない。今日生きられるなら、三食とも納豆ご飯で十分だし、お菓子だっていい。寝てていいなら寝てたい。美術館行きたいし、公園で何もしないでぼーっとしてたい。
何もしないでも生きていていいのだろうか。