「しんどい、つらい、疲れた」そう感じられるなら、偉いじゃないですか。

こんにちは、齋藤吐夢です。

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数年前、私は会社勤めに疲れ果て、毎日のように「しんどい」「つらい」と検索しては対策法はないかと探していました。

 

今回お伝えしたいことは、「しんどい」「つらい」「疲れた」の対策法ではありません

 

ただ私はあなたに言いたい。

 

「しんどい、つらい、疲れた」と、自分自身がそう感じられてるなら、偉いじゃないですか

 

 

しんどい、と思えるのは良いことだ

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「しんどい、つらい、疲れた」と感じられる時点で、”良いほう”、分かりやすく言い換えると”マシ”だと思います。だからタイトルに挙げた通り、そう感じられたあなたは十分偉い

 

そう思えるのは、人が本当に疲れ切ってしまった時、待っているのは「しんどい、つらい、疲れた」という感情以上にキツイものだから

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かつて書いた記事のように、本気でうつ状態に陥ると、待っているのは「しんどい」ではなく、ただひたすらに”無”です。そして、この無の状態が驚くほど自分を苦しめます。

 

もしあなたが「あ、今なんかしんどいな」「つらいかも」「疲れちゃった」と思えたなら、まずそれだけで「あなたは偉い」。

 

だって自分自身のつらさや不安に気づけたのだから

 

私はこうだったから、あなたは偉い。

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それは、あなたが疲れきる一歩手前で、自分の出したSOSに気づくことができたから

 

かつての私は、それに気づくことができず、疲れ切り、今の”元気”な状態に戻るまでに苦労しました。「しんどい、つらい、疲れた」に気づかず、そのまま突き進むと、体も心も壊します

 

気づけないのは怖い

例えば私が会社員だった時。仕事を終えて自宅へ帰ると、体と心が疲れ切り、日常生活が送れないほどでした。ろくに家事もできず、屍のように眠る毎日。

すでに夫と同居していましたが、家事もままならないうえに、夫にも関心が湧かず、仕事のある平日は、正直、一緒に住んでいる意味がないような状態でした。ただただ、何もできなかった。

 

でも世間一般の、というか勤めていた会社の声を聞くと、この”会社勤めでヘロヘロ状態”は「普通」「当たり前」のこと。私はそれを真に受けて、この生活を続けてしまいました。

 

私の体が発していた「しんどい、つらい、疲れた」のサインに、私は気づかずにいたのです

 

薬が増えても変わらなかった

元々私は、学生時代に双極性障害の診断を受けていました。会社員時代は、抗うつ薬を飲んで、治療に励みながら仕事をする毎日。が、気づくとどんどん薬の量が増えていきました精神的に安定する日が少なくなっていたからです。

 

薬自体はひとつも悪ではありません

 

ただ抗うつ薬の量が増えても、日常は変わりませんでした。私がSOSに気づかず、変化しない毎日を送っていたから。

 

人生は短いと気づかされた

体がSOSを発信し始めた矢先、20歳の時になった”がん”の再発疑惑が浮上しました。結局のところ、再発でもなんでもありませんでしたが、その時「人生は短い」と気づかされました。

というのも、私はあまりにも精神的につらくて、抗うつ薬の量をまた増やそうとしていたのです。でも、抗うつ薬を増やしたところで、もしまた”がん”になっていたとしたら・・・私の人生、なんだったんだろう。そう思ったのです。

 

そこで私はようやく、体が発していたSOSに向き合うことができました。

 

皮肉にも、「しんどい」気持ちに気づかなかった私は、病気の再発疑惑でようやっと気づいたんです

でもこれは全然誇れることではありません。やっぱり気づくのがちょっと遅かった私は、自律神経失調症を患い、会社を休職、のちに退職するのですから。そして今でも、ある特定の場所などでは気分が悪くなるままなのですから。

 

「しんどい」こそ当たり前

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”我慢は美徳”

 

そんな言葉を耳にすることがありました。だから「会社とかでつらいことがあっても我慢するのが当たり前」「人生経験の一つとして、我慢するのは普通のこと」・・・でも、それってほんとかな。

 

むしろ私は「しんどい、つらい、疲れた」こそ普通で当たり前のことだと思っていて。やせ我慢なんて体に良いワケない。自分に良いワケない

 

だからあなたに問いたい。

 

「その我慢に意味はある?」

 

 

「何でもかんでも我慢するな」とは言わないけど、しんどい時ぐらい「しんどい」って言っていいと思う。それを我慢する必要はない。しんどいのに我慢するのは意味ない。意味のない我慢なら、そんなん我慢しなくていい

 

そう感じられるのは、偉い。

「しんどい、つらい、疲れた」を素直に感じられたあなたは偉い。

 

人によっては、我慢を選ばず何かを諦めたり、辞めたりすることを「逃げだ!」と評価する人もいるよ、実際。

 

でも、これはあなたの人生です

どうしたいかを決められるのはあなただけです。

 

私はあなたに言いたい。

「しんどい、つらい、疲れた」そう感じられるなら、偉いじゃないですか

では。

 

 ◆本日の一冊◆

今回のことに気づいた時に出会い、感動した本を紹介します。