一部ネタバレあり。
今作をまだ観ていない人に向けて、「あ、やっぱ観てみようかな」と思えるようなレビューを目指しているが、鑑賞後のレビューを執筆する都合上、一部ネタバレが生じる。
「映画鑑賞前のネタバレ絶対NG」な人は、映画鑑賞後に読んでいただけると幸いである。
『フィルス』
この映画の魅力は、
- ジェームズ・マカヴォイ演じる主人公の振り切れたクズっぷり
- 物語の合間合間に挿入される映像のホラー感
- 主人公をクズにした原因から感じる悲しさ
- ラストシーンの笑顔
である。
あらすじ
スコットランドの刑事ブルース・ロバートソンの妻キャロルは、夫の昇進を強く望んでいた。そんな年末のクリスマス・シーズンに発生した日本人留学生殺人事件をきっかけに、コカイン中毒のブルースは出世を目論むが、酒やドラッグに溺れ、錯乱状態の彼の素行は次第にエスカレートしていき、事態は一変し、衝撃のクライマックスを迎える。
「コメディ」の棚にあったことを恨む
わたしはジェームズ・マカヴォイのファンである。「ジェームズ・マカヴォイにハマったからこそ彼の出演作はチェックしておきたい」という想いから、今作を手にとった。
今作は、レンタルDVDショップの「コメディ」棚で見つけた。
わたしは「コメディ=心がすっきりとする笑い」と捉えていたので、今作を鑑賞後「悲惨な人生って面白くない!?」と言われた気分になり、結構凹んだ。
ただ売り出し方としては、やはりコメディのようだ。
『トレインスポッティング』原作者×ジェームズ・マカヴォイ最新作 このロクデナシのくそったれめ!!!!!!!!!!!!!!!! イカれた刑事が追う殺人事件が、逆に男の人生を追いこんでいく。 英国発★愛と絶望を笑いにする最高にイカしたクライム・コメディ!!
笑いどころがないわけではない。「これをコメディと捉えるんだろうな・・・」というシーンは理解できる。クライム・コメディ!!と言いたいのも分からなくはない。
しかし、”英国発★”と★マークをつけたくなるようなテンションのコメディでは絶対にない。
今作で爆笑できる人はいるのだろうか。
クズで卑劣な男・ブルース
出典元:https://twitter.com/filth_movie/status/560013604519309314
(↑)写真右がジェームズ・マカヴォイ演じる主人公・ブルース
主人公ブルースはクズである。
ただし、彼のクズな行いはクソしょーもない内容がほとんどであり、おそらくそのシーもなさが「コメディ」として扱われる理由なのではないだろうか。
奥さんに認められたい一心で出世を志すブルース。ただ警察の仕事を頑張って出世しようとするのではなく、同僚を蹴落とすことで出世を志すのがこいつのクズたる所以。
- いたずら電話
- 他人への悪口
- 差別的な落書き
- 同僚の嫁と浮気
- 親友の嫁とも浮気
- 1人でいるときは基本〇〇〇ー
「お前・・・暇なんか?!」と言いたくなるほど、しょうもない働きしかしないブルース。
しかしこの清々しいほどのクズっぷりは、映画が進むにつれて明かされる過去や現状によって、段々と悲しみに変わっていく。
彼にしか見えない世界の狂気
出典元:https://twitter.com/filth_movie/status/471914988840308737
劇中、ブルースのクズな行いの合間合間に、顔色がものごっつ悪い少年が登場する。彼の幼い弟だ。ブルースには「幼い弟を事故死させた」という過去がある。ブルースはその過去に責め続けられている。
顔色がものごっつ悪い少年は、ブルースを物言いたげな目で見つめ続ける。ブルースはそんな少年に、ものすごく怯える。
彼の存在は、ブルースが実はただの悲しい男だということを知らしめる。
なお原作『フィルス』では、ブルースの体内にいる哲学的なサナダムシ(?!)がもうひとりの主人公である。時折サナダムシはブルースの意識を乗っ取る。映画ではそのサナダムシの設定が、彼の精神世界に登場する精神科医に置き換えられている。
テンションがやたら高い精神科医とげんなり顔のブルースの対比が面白い。
面白いが・・・映画が進むにつれて、ブルースの過去や精神科医に振り回される描写が色濃くなり、ブルースがどんどん追い詰められていることが分かる。
ブルースはクズなのではなく、クズに身を落とすことで、つらい現実から目を背け続けてきただけなのではないかと感じてしまう。
ラストシーンの笑顔
今作は、映画冒頭で起きた日本人留学生殺人事件を追いながら、ブルースのクズっぷりを楽しむ映画なのだが、唐突にブルースの現状と殺人事件がつながり、物語は終わりを迎える。
クズすぎるブルースは、自身が精神的に追い詰められていく中で、そんな彼を支えようとしてくれる人々とも出会うことになる。しかし事件解明によって、今までのクズっぷりが露見してしまい、彼は出世どころか降格させられることになる。
降格が直接の原因ではないはずだが、
彼はある決心をする。
映画のエンドロールの一歩手前、本当にラストのラストで彼は印象的な笑顔を見せる。笑顔を見せるが、その笑顔は観た人の頭にこびりついて離れないはずだ。
言い方は悪いが、これが誰も手を差し伸べようとしないほどのクズだったらまだ良かったのに。
鑑賞後、しばらく立ち上がれなくなったし、最初に出た言葉は「どこが・・・コメディなんだよ・・・」である。彼は、どうすれば救われたのだろうか。
心に穴が開く恐ろしい映画
ブルースは、子供に平気で中指を立てる男だ。売春している若者を検挙したかと思ったら、その若者に〇〇を強要するようなクズ中のクズだ。
なのに最後の笑顔のせいで「何が彼をクズにしてしまったんだろう」と真剣に考えさせられる羽目になる。
虚しさしかないクズ男の姿を観させられて、もしそれを高らかに笑える人がいたのならば、その人がすごいと思う。「人の不幸をよくそんなに笑えるな」と思ってしまう。わたしは笑えなかった(”人の不幸”と決めつけているわたしも性格が悪いのかもしれないが)。
とんでもないクズっぷり”だけ”に注目すれば、コメディ認定も理解はできる。でも今作は確実に、鑑賞後には穴が開く。心にぽっかり穴が開く映画だ。
覚悟の上で、ぜひ。
では。
◆本日のおすすめ+α◆
クズではなく狂気のマカヴォイ。
原作者アーヴィン・ウェルシュの代表作はこちら。