ネタバレあり。
今作をまだ観ていない人に向けて、「あ、やっぱ観てみようかな」と思えるようなレビューを目指しているが、鑑賞後感じた魅力を伝えるため、ネタバレしている。
「映画鑑賞前のネタバレ絶対NG」な人は、映画鑑賞後にぜひお越しを。
『レクイエム・フォー・ドリーム』
今作の魅力的なところは、
- 薬物に溺れる若者たちが、それぞれ違う未来へ進んでしまうところ
- 薬物に溺れるつもりのなかった母親が、どんどんやつれていくところ
- 精神病棟での治療シーン
- ラストの演出
である。
今作の主役は「薬物中毒者」であり、決して彼らがハッピーになる姿が描かれる映画ではない。ただ淡々と、薬物に溺れ、元の世界へ戻れなくなる姿を描く映画であり、鑑賞後には薬物の恐ろしさを知ることになるだろう。
しかしそれ以上に陰鬱なのは「彼らは再び薬物に手を出してしまうんだろうな」と思わせてしまう、救いのなさである。
あらすじ
ブルックリン。孤独な未亡人サラのもとに電話抽選によるTV番組出演の話が舞い込む。スリムなドレスを着こなそうとダイエットを開始したサラは、医師に処方されたダイエットピルで瞬く間の減量に成功する。
一方、ドラッグ漬けで文無し生活を送っていた一人息子ハリーは仲買人から得たヘロインを不当に捌く密売で、恋人のマリオンと共に成功者気取りの羽振りの良さを見せるようになっていた。
ドン底の生活から見違えるまでの活気を取り戻した母子は、やがて束の間の再会を喜び合うのだが・・・。
監督ダーレン・アロノフスキーは「この映画はモンスター不在のホラー映画にしたかった」と語っている。彼が言う通り、この映画はホラー映画なのかもしれない。今作の「恐怖」の感じ方は人それぞれ違うとは思うが、ゾッとすることは間違いない。
薬物、ダメ。ゼッタイ。映画の金字塔
イギリスの映画雑誌「エンパイア」が2009年に発表した「落ち込む映画」ランキングで、堂々の第1位に輝いた映画。それが『レクイエム・フォー・ドリーム』である。
今作は「ダメ。ゼッタイ。」のキャッチコピー以上にキャッチーな内容で、人々に薬物の恐怖を教えてくれる。普通の人々が、薬物によってドン底まで堕ちていく姿を淡々と描く今作に、救いはない。
当たり前のことだが、わたしは一度も薬物を使用したことがない。
しかし薬物に手を出してしまう人がいるということは、人の欲を突き動かすような何かが存在するということだろう。噂によると「これ以上ない快楽を味わうことができるからこそ、依存してしまう」らしい。
それ以外満足できなくなる快楽ほど、怖いものはないと思うのだが。
快楽の代わりに身と心を破壊する薬物によって、歯止めの効かなくなった人々を観させられる。わたしたちは彼らを観ることしかできない。ボロボロと崩れていく彼らの人生を観ることしかできない。それがまたホラーなのだ。
知らぬ間に堕ちた母親の顔が忘れられない
今作でもっとも強烈な印象を残すのが、孤独な未亡人サラである。
ドラッグ漬けの一人息子ハリーとの関係が疎遠になっている彼女の、唯一の楽しみがテレビ番組だ。そしてそんなテレビ番組に出演できることが分かったからこそ、彼女は努力する。
「亡き夫が褒めてくれた赤いドレスを着て、テレビに出演したい」
純粋な気持ちでダイエットに取り組むサラだが、彼女が手にしたダイエットピルこそ薬物だった。
彼女は自分が知らない間に、薬物の沼に堕ちていくのだ。
一人息子ハリーと対峙するシーンで見せる、彼女の表情は忘れられない。
ダイエットピルを飲んだことでみるみる痩せ細る母親を心配するハリーに対して、「もうパパ(彼女にとって夫)もいない、あなたもいない。わたしに何がある?・・・孤独なのよ」と話す彼女の表情はとても悲しい。
唯一の楽しみであるテレビ番組。夫もいない。息子も出て行った。孤独を埋めてくれたテレビ番組への出演はまたとない特別な出来事だ。夫が素敵だと言ってくれた赤いドレスを再び着るために、彼女は努力した。
その努力が、彼女をどん底へと突き落とした。
薬物中毒となった彼女を救う手立ては、電気ショック療法しかなかった。中毒と度重なるショック療法で廃人同然と化した彼女の姿は恐ろしさと悲しみに満ちている。
努力しただけなのに。
何も知らなかっただけなのに。
廃人同然と化した彼女の姿によって、薬物の恐ろしさは十分伝わるだろう。
自ら進んで堕ちていく少女の行く末が怖い
知らぬ間に薬物中毒になった母親サラの他に、ドラッグ漬け&薬の密売を行う一人息子ハリー、その友人のタイロン、恋人のマリオンが登場する。
彼らにも、薬物中毒者が味わうことになる恐ろしい地獄が待っているのだが、ハリーとタイロンはまだマシな方だと思ってしまう。サラとハリー、タイロンは一時的かもしれないが、薬物との関係を断つことができるのだから。
問題はマリオンだ。
ハリーとタイロンが麻薬の取引に出かけている間、マリオンは薬欲しさに違法な売春クラブへと足を踏み入れてしまう。そこで待っていたのは屈辱的とも言える売春行為であり、映画はマリオンが受ける屈辱的な行為を淡々と映し出す。
最もキツいシーンはその行為自体ではない。
その行為を終えて、薬を手に入れたマリオンが微笑むシーンだ。
薬が、彼女の人生において一番大切な存在になってしまった。「どんなに屈辱的なことをされても、薬が手に入るなら大丈夫」そんな風な表情を浮かべる彼女に虚しさを覚える。
行為中のツラそうな表情もキツいが、彼女が浮かべる笑顔はもっとキツい。
ラストの演出に救いはあるのか
ラストシーンでは、彼ら4人が1人ずつ安らかに眠ろうとするシーンが挿入される。
1人は刑務所のベッドで、1人は病院のベッドで、1人は精神病棟のベッドで、1人は自宅のソファで・・・同じような動きを見せ、安らかに眠りに着く彼らの姿は一見すると穏やかだ。
でも、彼らの未来は誰一人穏やかじゃないと感じる。
「彼らは眠る」もしそんな風なト書きがあったとしたら、まるで救いがあるような響きに感じるが、わたしはそう感じられなかった。薬物中毒に堕ちた人を救うことの難しさを突きつけられているかのようなラストだと思った。
ラストシーンを観て、無力感だけが残った。
薬物だけでなく、あらゆる中毒に対する注意喚起の映画とも捉えられるが、もし身近な人が中毒者になったとき「果たして自分はその人を支えられるだろうか」と思い悩むことになった。
薬物に対するさまざまな向き合い方に凹む
この映画が凹むのは、登場人物全員が「薬物はもうこりごりです!」と言っていないところにある。登場人物の何人かは、きっとまた薬物に手を出すのだろう。それを予見させてしまう設定や演出が怖い。
中毒の恐ろしさをまざまざと感じる。
下手な「薬物、ダメ。ゼッタイ。」動画よりも、薬物禁止に効果的だと思ってしまうのだが、いかんせん刺激が強すぎるのも事実だ。でも「この救いのなさが、中毒一歩手前な誰かを救っているとしたら」と考えると、とても良い映画だ。
ぜひ一度ご鑑賞を。
では。
◆本日のおすすめ◆
監督最新作。日本未公開&宗教理解がないと理解しにくい映画ではあるが、これまた陰鬱。