ネタバレあり。
今作をまだ観ていない人に向けて、「あ、やっぱ観てみようかな」と思えるようなレビューを目指しているが、鑑賞後感じた魅力を伝えるためにネタバレがある。
「映画鑑賞前のネタバレ絶対NG」な人は、映画鑑賞後にぜひお越しを。
『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』
今ふと思ったのだけれども、この映画のジャケットは『ドリーマーズ』の1シーンを意識しているのかしらん。『ドリーマーズ』はとってもエッチな映画ですが、良い映画ですよ。厨二病こじらせた感がなくはないけど。
(↑)このジャケット写真に至るまでの動きが、今回紹介する映画のジャケット写真に似ている。
あらすじ
児童養護施設育ちのケンタは工事現場で壁の破壊を行う“ハツリ”と呼ばれる仕事をしているが、低賃金で劣悪な労働環境に加え先輩の裕也からいじめられていた。裕也は、ケンタの兄のカズがかつて起こした幼女誘拐未遂事件を馬鹿にしたためにカズにケガを負わされ、その賠償金としてケンタから金を巻き上げていた。
生活に絶望したケンタは、施設で兄弟のように育ったジュンとともに逃げ出すことを決意し、裕也への復讐として彼の車を破壊し彼が密売していた麻薬を全て捨てる。その様子を見ていたジュンの同棲相手カヨを連れ、カズが服役している網走刑務所へと向かうケンタとジュン。道中で振り返った人生はロクでもないものだったが、それでも2人はカズと会うことで今までにない道が開けると信じていた。
登場人物から漂う陰鬱な空気
服役中の兄にケガをさせられたという理由でいじめられているケンタ。主人公・ケンタがいじめられる描写はエグい。でもケンタはグッと堪え続ける。いじめに耐え続ける。その描写が余計にエグい。
今作はDVDで鑑賞したのだが、ケンタが裕也に鉄板で手を焼かれるシーンを観たとき、一時停止して映画から逃げ出そうかと思うほどだった。
ケンタの横で兄弟のように育ったジュンは、ケンタの拠り所のような立ち位置ではあるけれど、彼が身を呈してケンタをかばうような行動をとることはほぼない。
ケンタの兄は、ケンタのように裕也にいじめられていたが、それが原因で「突然指が動かなくなる病気」に罹ってから、少女を誘拐しようとしたり、裕也の腹を刃物で傷つけたり、突然キレる男になった。彼は今、網走刑務所にいる。
ケンタとジュンが出会うカヨちゃんは、ブサイクだと自覚しており、だからこそ誰かに愛されたくて、誰でも体を許してしまうような女だ。
今作に登場するキャラクター全員から、陰鬱な空気が流れ続けている。それは鑑賞開始直後から「あ、この映画がハッピーエンドで終わるはずがないな」と察するほどの陰鬱さである。
なお裕也役の新井浩文はいじめっ子役が似合いすぎて困る。わたしの大好きな『隣人13号』でも、なかなかキツめないじめっ子を演じていた。
(↑)『隣人13号』のレビューはこちら。
ケンタの描写がキツい
今作に登場するキャラクターの中で、ダントツでキツいキャラクターはやはりケンタである。裕也からのいじめに耐え続けるケンタ。映画を鑑賞していれば分かるのだが、彼はいじめに耐え続けたことで心にモヤモヤとしたものが蓄積している。
ケンタの兄同様、ケンタはいつ何時キレてもおかしくない状態まで、モヤモヤが蓄積しているのだ。
ケンタの横にはジュンがいる。
ジュンはケンタの心を支える存在だ。
しかし、ケンタの心に蓄積した鬱憤に向き合えるのは、ケンタ自身しかいない。
ジュンとともに、兄のいる網走刑務所へ向かうことを決めた日、裕也の車を破壊するケンタ。その顔には清々しさがあり、子供のような無邪気さもあった。破壊衝動でしか、彼の鬱憤は発散されないのかと思うと悲しかった。
ケンタの目標は兄に会うことだった。
道中さまざまな出来事が、ケンタとジュンとカヨちゃんに起こるが、それでも彼らは網走刑務所にたどり着く。親族しか会うことができないからと、兄と一対一で向き合うケンタ。
でも兄は弟を拒絶する。
破壊して、破壊し尽くして、ここまで来ても何もなかった。ここから先も何もない。そう語る兄の目は虚無で満ちている。唯一の家族で、心の支えだった兄に拒絶されたケンタの前には何も残されていない。
兄と面会を終えた後のケンタの描写は、映画冒頭のいじめシーンのエグさとは違った、嫌な空気が漂うものだった。
「全てを壊せば新しい道が開ける」と考えていたケンタは、兄に「全てを壊しても何もない」と言われてしまった。そんな彼はもう、何もないと分かっていても「壊す」以外に方法を知らない。
鬱憤を爆発させ、唐突にキレ、裕也だけでなく、見知らぬ若者にまでつっかかるようになるケンタの描写に対して、当時のわたしは映画が早く終わることを望んでしまった。
つらすぎて、見ていられなかったからだ。
虚しさしかないラストシーン
ずっとケンタの後ろを着いてきた弟のようなジュンが起こした行動が、この物語を終わらせる。
映画終盤、ケンタとジュンに車を破壊されたうえに、密売していた麻薬を捨てられた裕也が彼らを追い詰める。でもこの時、「破壊の先に何もない」と言われたケンタは裕也を怒りに任せてバイクで轢く。
挙句、一夜を明かそうとした浜辺で出会った若者と諍いを起こし、怒りを露わにするケンタ。「全てをぶっ壊してその先へ行く」と言い張り、怒り狂うケンタに向けて、ジュンは裕也の車から奪った拳銃を発砲する。
ジュンが発砲するシーンは、虚しい。
ケンタがいじめられていても、そばにいるだけで身を呈して彼を守るでもなかったジュン。どちらかといえば、ケンタを慕い、彼に付き添いつづける受け身の印象しかなかった彼が、最後に見せた能動的な動き。それが親しいケンタを撃つことだった。
ケンタは結局、兄のように「何もない」を体現してしまったのではないだろうか。
しかしジュンはケンタのそばに居続ける。
手負いのケンタと彼を背負ったジュンが、海へと消えていく背中を映し映画は終わる。
空気の重さに耐えられない
映画鑑賞後、置いていかれたカヨちゃんの孤独と、ケンタとジュンの「お互いの存在しか、もういない」という虚しい関係性を見せつけられて、ひどく凹んだことを覚えている。
それから、ケンタの兄を演じた宮崎将(宮崎あおいのお兄ちゃんね)の虚無感たっぷりの目に本気で怯えたことも覚えている。裕也のいじめより怖かった。裕也のいじめより、未来が見えない目で本当に怖かった。
ず〜っと曇り空、みたいな映画である。
とにかく空気が重すぎる。
でも、わたしがうつ状態だったとき感じていた空気の重さはこれによく似ているし、身を委ねるだけで済むなら、この重さが心地よく感じる人もいるかもしれない。陰鬱な映画のおかげで心を落ち着けられる人なのであれば、ぜひ観てほしい。
ただし、「ロードムービー」という文字に惹かれて鑑賞しようとしている人は要注意である。
今作は、走れば走るほど追い込まれるロードムービーなのだから。
では。
◆本日のおすすめ◆
大森立嗣監督作品でもう1つ、陰鬱で素敵な作品を