はじめに
権力とメディアの裏側を描いた映画『新聞記者』。
日本人の父と韓国人の母のもとアメリカで育ち、ある思いから日本の新聞社で働いている新聞記者・吉岡(シム・ウンギョン)を主人公に、吉岡勤める東都新聞に、大学新設計画に関する極秘情報が書かれた匿名のFAXが届き、吉岡は真相を究明するために調査を始める。
もう1人の主人公・杉原(松坂桃李)は内閣情報調査室で働く官僚。彼に与えられる任務は、現政権に不都合な報道をコントロールすること。「国民に尽くす」という信念とは真逆の任務に葛藤する杉原。「闇」に気づいた杉原は、ある選択を迫られることになる。
「もう絶対、空気が重苦しくなるやつやん・・・!」と映画を観る前から、もうすでに疲れていたのだが・・・鑑賞して本当によかった。
ちなみに、空気は想像通りずーっと重苦しい。なんなら鑑賞中、なんども息ができなくなった。が、物語に釘付けになる。こいつぁ、すげえや!
てなわけで、わたしの率直な「映画としての」感想と、『新聞記者』を取り巻くさまざまな出来事について語っていきたい。
『新聞記者』を観た
率直に面白かった。というか、久しぶりに「映画たるものを観た」と思った。「表現の自由」というか、絶対にこの世から排除してはいけない表現を観たというか。
今まで観てきた映画も十分「映画」なんだけど、娯楽としての要素が強かった。映画というより「エンターテイメント」。別にそれも、全然悪くはないんだけど!
とはいえ、思うところがなかったわけじゃない。吉岡と杉原が知ってしまった「闇」の正体が、ほんの少しだけフィクション「色」が強すぎたように思う。それまでは「本当かも・・・」と怯えながら観ていたわたしが「ああ、そうだ、これはフィクション」と一瞬冷静になってしまったから。
だけど、そんな映画のアラはどうでもよくなるぐらい、主演のシム・ウンギョンと松坂桃李の演技がすごすぎて・・・うん、凄すぎた!!!
シム・ウンギョンの表現力がすごい
一見すると物腰柔らかで、とっても穏やかそうな雰囲気を漂わせる吉岡。でもその胸の奥にある信念がただひたすらにまっすぐで、働く1人の女性としてとても尊敬できるキャラクターだった。
映画評を読んでいると「彼女のカタコトな日本語が・・・」みたいなコメントが目に飛び込んでくることもあるけど、そんな言い回しなんざどうでもいいべさ?!と思うぐらい、吉岡は吉岡としてそこにいた。
淡々と官僚たちを追い、取材し、真実を突き止めようとする姿勢がかっこいい。どんなに上層部から忠告されても、自分のキャリアより目の前の真実を追い求めようとする。
彼女の演技力が高いからこそ、吉岡という存在に悲しくなったりもする。吉岡は日本人の父、韓国人の母をもち、アメリカで育った女性。どういう表現が適切か分からないからそのまま言うけど、「この国にはもう「外」から入ったきた人しか真実が追えなくなっているのだ」と思えて、悲しかった。
「日本国内」の人間はみな、
- 真実を知ろうとして消される
- 真実を知ろうともしない
- 真実を知らない
人しかいないのだ、と思った。まあ、もちろん、この解釈は「考えすぎ」なんだろうけど。
しかしまあ、圧をかけられる上層部から忠告されたとき、目に涙を溜めながら「それでいいのか?」と訴える彼女の顔、父親を亡くし、悔しさと無力さから大声で泣き叫ぶ顔、杉原に協力を求めるときのまっすぐな目つき、もう全部の表情にしびれる。
「これを観ているわたしたちは、真実を追い求める人を必ず守らなければ」と思わせる演技。そのぐらい吉岡の存在感は強い。
松坂桃李の表情がすごい
内閣情報調査室の杉原の表情もいい。
内閣情報調査室の仕事をこなしながらも、その仕事内容に疑問を感じている杉原。妻と子供につらい思いをさせた自責の念や愛する家族をもったことによる苦悩、信頼する元上司の死に打ちひしがれる様子や上司である内閣参事官・多田からの静かな圧に怯える顔・・・。
今作の息苦しさ、その大半の原因が松坂桃李である(褒めてる)。杉原と多田が対峙するたび、凄まじい緊張感が走る。映画中盤から終盤にかけては、多田が画面上にいなくても監視されているような気がして、ただ鑑賞しているだけなのにホラーな気分になる。
『新聞記者』を観た人たちの「ラストの松坂桃李の表情が忘れられない」というコメントだが、確かに忘れられない。忘れられないし、忘れてはいけない表情だと思う。あの表情に、今作の素晴らしさと恐ろしさが詰まっていると言っても過言ではない。
あくまでこれは「フィクション」として放映されたわけだけど、どこかで彼のような、静かに圧し潰されて苦悶している人がいるのかもしれない。
その他登場人物も素晴らしい
まず、今作のせいで田中哲司恐怖症になりそうである。内閣参事官である多田の一挙一動が怖い。というか台詞が怖い。「殺す」とか「消す」とか、そういう物騒な台詞は一言も言っていないのに、そう台詞が登場する殺し屋映画の数百倍怖い。台詞だけ切り取ったら何の変哲もない上司なのが本当に怖い。
とはいえ、今作に登場するのは怖い上司ばかりではない。
吉岡の上司(北村有起哉)は、部下を大事に思うからこそ「これ以上足をつっこむな」とか忠告をするわけだし、吉岡の意志が曲がらないとわかったからと言って邪魔するわけではない。吉岡の同僚・倉持大輔(岡山天音)は、吉岡を気遣うだけでなく、真実を知るためにふんばる吉岡のために、独自で調査を進めて資料を手渡したりする。
真実を追い求める手助けをする上司・同僚の姿と、「国のため」を維持し続けようとする上司の姿。どちらの執念も同じくらい凄まじい。だからこの映画からは目が離せなかったのだと思う。
吉岡と杉原だけの話ではないのだ、この作品は。
主題歌で泣く
それから・・・これはわたしだけかもしれないけど、エンドロールで主題歌が流れて、わたしは泣いた。
OAU「Where have you gone」映画『新聞記者』主題歌
息が詰まる感覚をずっと味わっていて、優しい歌声にホッとしたからかもしれない。役者陣の凄まじい演技力に感動して、込み上げてきたのかもしれない。色々あって、サビの部分でドバッと泣いた。
Where have you gone
Where have you gone
Where have you gone
my love
エンドロール横では「どこへ行ってしまったの?愛しい人」と訳されていた。わたしはその歌詞を目にした瞬間、吉岡と父親との関係や、杉原と生まれてきたばかりの子供の関係や、愛しい人は「真実」なんじゃないかなんてことが頭を巡って泣いた。
だって、どこかへ行ってしまっていたから。
どこかへ行ってしまいそうだったから。
最初の歌詞も
I walk alone these streets of green
で、なんだか1人もがき苦しむ杉原とか、たった1人になっても真実を追い求めようとする吉岡の姿が浮かんじゃって、なんか、もう、ダメだった。泣いた。鑑賞後、しばらく立てなかったな。色々、悲しくなっちゃって。
『新聞記者』を取り巻く不穏な話題
なお、個人的にものすごく気になっているのが、今作のCMの少なさだ。メディアが全く紹介しないのはなぜだろう。もしかして・・・参院選前だから?などなど、疑念を抱いてしまうほどに、他の映画に比べるとバックアップが少ないような気がする。
調べていたら、きな臭い記事を見つけた。
「『新聞記者』の公式HPがダウンした」という話題はツイッターでも見かけていた。注目すべきはその理由。“特定のIPアドレスから集中的なアクセスを受けた可能性が高い”とのこと。作品に注目が集まってサーバーがダウンしたのではなく、“人力ではありえない数のアクセスを受け”ダウンしたとのこと。
もちろん今作で登場する大事な台詞「誰よりも自分を信じ、疑え」で捉えると、この情報すら「操作されたものかもしれない」のでなんともいえないが、でも、なんだか、こういうきな臭い出来事が、まんまと起きてるっていうから、この映画の影響力はすごいな・・・と思う。
『新聞記者』を鑑賞したとき思ったこと
ここからはただの戯言なのだが・・・影響力抜群の今作が、一番観てほしい(はずの)若い層に果たしてきちんと届いているだろうかという不安がある。
わたしが今住んでいる場所は何を隠そう「田舎」なので、田舎が生んだ結果なのかもしれないが・・・平日の夜、わたしが鑑賞したとき、来場者はみーんな60オーバーだった(全員の顔をまじまじと見たわけではないので確証はないが、めっちゃくちゃおじいちゃん、おばあちゃん大集合回だった)。
参院選前に封切りとなった作品だから、参院選への意識がないわけがない。で、今、世の中に求められているのは若い世代が投票することなんじゃないかと考える。ってなったとき、どんな政党に投票するにせよ、選挙に、政治に、興味をもってもらうための糸口になるような映画のはずだ、これは。
でも、あの日はおじいちゃん、おばあちゃん大集合で若い人の姿は見られなかった。もちろん地域差もあるだろうし、その日が平日だったってのもあるだろう。
でも、わたしは不安なんだ。若い世代に届いてますか?って。選挙権のある若い世代に、この映画は届いてますか?って。
宣伝が少ないのって・・・まさか、そういうこと?!
その夜の出来事、思ったこと
映画のジャンルは全く違うが・・・わたしは今作を観た後、映画『ウォッチメン』を思い出していた(観てる人なら、この後の「正義」の話も察しがつくだろう。わたしはロールシャッハ派で、夫はオジマンディアス派である)。
鑑賞後、帰りの車の中で、夫と今作と『ウォッチメン』について語り、「正義」について語った。答えは見つからなかった。だけど、考え続けなければならないことだということはわかった。
わたしは『新聞記者』を観て、ますます政治に興味をもった。
参院選に出馬する人たちについて調べに調べまくって「この人にたーくす!!!」と自信をもって言えるようになってから投票しようと思った。政治家だけが政治に参加できるのではない。国民全員が意識しなければ意味がない。
- 真実を知らない
- 真実を知ろうともしない
ではもうダメなのだ。
勇気を出して、足を突っ込まなければ。
それから『新聞記者』を筆頭に、日本でも痛快な政治ブラックコメディやシリアス政治サスペンスがたくさん観られるようになることを望む。
もっとね、政治への関心、高めたいよね。
では。
◆本日のおすすめ◆
「ジャンルちげえよ!」って思われるかもしれないけど、『新聞記者』と同じくらい濃密な議論ができる映画だと思うよ。
映画の原作。
ちなみにわが町の本屋には『新聞記者』の原作の横にこの本が置いてあった。合わせて読んでみたい。