ノウハウ本ではないことに注意。森博嗣『小説家という職業』(集英社・2010年)

小説家という職業 (集英社新書)

まず読書前にすべきだった反省点を述べる。

私は実は、森博嗣作品をまだ読んだことがない。

代表作として名高い『すべてがFになる』のタイトルやドラマ化したことなどは知っていたが、未読である。『スカイ・クロラ』が押井守監督によってアニメ映画化されたものは知っていたが、恥ずかしくも、彼がその原作者だということを知ったのはこの記事を書くために「森博嗣」と検索した時である。

本記事で紹介する本は、おそらく森博嗣作品とともに読めば、演劇の舞台裏、映画の製作秘話を知るような感覚で楽しめる作品だと思う。

が、ここでは、森博嗣作品を知らぬまま、森博嗣『小説家という職業』(集英社・2010年)を読んだことに対する書評を記す。

 

「まえがき」に痺れた。

著者は本の結論をたった1行で以下のように書き上げた。

もしあなたが小説家になりたかったら、小説など読むな。

もう少し説明を加えたという1文でも、こう言っている。

小説を書く仕事をしたいのなら、自分が好きなものを一旦忘れなさい。

衝撃的に感じた読者もいたはずだ。けれど「小説家」をあらゆる表現分野の職業に置き換えても、そう違和感を覚えない。

「好きを仕事にする」のは不可能ではない。だが、仕事にすることで、これまで最も感じていたはずの「好き」とは違う向き合い方をせざるえないときがある。それを思い起こさせる「まえがき」だった。

 

夢物語のような内容は一切語られず、淡々と、著者がやってきたこと(現実)が書かれている。「やってきたこと」とは書いたが、著者自身も本文中で述べている通り、この本はノウハウ本ではないから、彼のやり方をなぞればうまくいく、といった内容ではない。

著者の正直な意見が面白い。著者が小説家になるきっかけとして紹介されたベストセラ作家のミステリイ小説を、著者は特別に面白くはなかったと述べる。しかし著者は、その小説を読んでいた著者の娘(当時小学5年生)が言った「わかりやすいし、読みやすい」という言葉に、ビジネスとして小説を生産するうえでの重要なニーズを認識した。

ビジネス関連の自己啓発書などを読んだ経験がある人なら、読者のニーズをとらえたというくだりだけで、この本を読み進めなくとも著者の言いたいことは大体わかるのではないかと思う。「まえがき」の意味が深く理解できるのではないか、とも。

 

私は、この本は著者による小説家志望の人と出版業界への批判(批評)だと思った。

著者に憧れ、小説家を目指す人が、もしこの1冊を読破していたら、その時点でその人は小説家に向いていないのかもしれない。著者は文中で「もし、本気で小説家になりたいのなら、この本を読んでいる暇をない」と言っているのだから。

この文章が書かれていた見出しにはこう書かれている。

とにかく、書くこと、これに尽きる。

読んでないで書く。とにかく書いて生み出す。小説家という職業に就きたければ、それ以外に方法はない。どの創作においても結局のところ、まず大事なのは質より量であることを実感させられる。

 

とはいえ、5章「小説執筆のディティール」には、小説執筆時の具体的なポイントも記されている。なので、森博嗣という小説家がどのようにして小説を書いているのか知りたい人は5章から読んだ方が手っ取り早い。

 

読み物としては面白いし、真似したいスタイル(執筆時間は1日3時間、最近は1日1時間)もあった。だが、ノウハウ本では断じてない。小説家・森博嗣の語り本として向き合うのが面白い。