見る・見られるの面白さ。『美術手帖 2024年1月号 目[mé]「ただの世界をつくる」』(美術出版社・2023年)

美術手帖 2024年 01月号 [雑誌]

目[mé]の存在は、友人が教えてくれた。目[mé]の作品を実際に見たことがなかったので、目[mé]が何者であるかを知るために『美術手帖』を購入した。

美術手帖について>

美術手帖を読んで思ったことは、今回の特集である目[mé]を例にすると、目[mé]を知るきっかけにはなったものの、目[mé]を知らず、目[mé]の作品に触れようともしない人にはやはり情報が届かないと思う。

私が読破を諦めた本にH.D. ソロー著、飯田実訳『森の生活:ウォールデン』(岩波書店、1995年)があるが、この本同様、その人自身、その作品自体に興味がある人でない限り、読者の糧になるという感じの本ではないのだ。

とはいえ考えてみると、雑誌なんて全部そうか。各雑誌、ペルソナ(マーケティングの世界においては製品を購入したりサービスを利用したりする架空のユーザー像)しっかりしてるもんな。

<目[mé]「ただの世界をつくるについて>

そんな美術手帖という雑誌が、文と写真で目[mé]が何者なのか、これまでにどのような作品を発表してきたのかを事細かに伝えてくれる。しかし、どうしたって体感することには敵わない。それが非常に悔しく思えた。

それでもこれまでの目[mé]の作品を知れたのはデカい。

実際に見ることが叶わず悔しかったのは<たよりない現実、この世界の在りか>2014年、資生堂ギャラリー(東京都中央区)だ。

美術手帖で目[mé]を知る前に、この作品に出会っていたら、当時の私は多分作品を知らずに素通りしたり、引き返したりしていたと思うし、「面白くない」と感じていた気がする。そういうゾワゾワ、観客に気づかれないことも含めて作品なのだとは思うが。

<非常にはっきりとわからない>2019年、千葉市美術館(千葉県千葉市)の、同じものが2つ存在するという奇怪さは、実際に目にするとどう感じるんだろう。

<景体>2019年、「六本木クロッシング2019展:つないでみる」森美術館(東京都港区)のような、景色に触れることはできない、というところから一歩踏み込んだ作品ってどんな感覚になるんだろう。波に似たそれに飲み込まれるような恐怖を覚えるのだろうか。

<どんな人にすすめたい雑誌なのか>

例えば、2024年1月号であれば、私のように目[mé]を知りたい人におすすめである。

その作家が何者か、作品にはどんなものがあるのか。情報を得る時、視覚優位な人がそれを知りたいと思う時、美術手帖という雑誌はとても便利だと思う。でも、視覚優位な人に限る。美術手帖が表現する芸術は文章表現だから。