定期的に、ミニマリストにあこがれ、モノを手放そうと心がける時がある。そんな時にこの本を手に取った。
ミニマリストの事例集というよりは、著者自身のミニマリストになる前後の体験談と、モノを手放すためのルール、モノを手放すことで得られることのリストが記された本である。
ミニマリストになりたい、モノを手放したいという人が「その方法だけを知りたい」のだとしたら、第3章以降がおすすめである。
とはいえ、自分にとって「第2章 なぜ、モノをこんなに増やしてしまったのか?」に記されている「自分の価値を伝える」ためのモノと「自分の価値を損なう」モノのくだりは身にしみた。
そもそもモノは道具で、石器や土器のように本来はその機能のために使われていた。はじめは本当に「必要」なモノしかなかった。長い時間がたって、社会全体が豊かになると、いつしかモノは違う目的で使われるようになる。人間の深い欲求である「自分には価値がある」と確認する目的だ。
出典:『ぼくたちに、もうモノは必要ない。増補版』91ページ
モノによって自分の価値を伝えることができるが、その思想に依存しすぎるとそのモノは「自分の価値を伝える」ためのモノから自分そのものに置き換わってしまう。
「モノ=自分」になっていくとモノを増やせば自分の価値が増えるような気になり、モノが増えていく。何事もほどほどがちょうどよい。モノは増えすぎると自分に牙を剥く。
時間もエネルギーもモノに奪われるうちに、モノは「自分の価値を損なう」モノになってしまう。
この1節を読んだ後、自分にとってそれが何かを見つめ直してみた。「いいな」と思って購入したが、あまり楽しい気持ちで振り返ることのできない本や雑貨、化粧品や衣服がそれに当てはまった。
この本を読み始めた頃、気分が落ち込んでいる日が多かった。気持ちを改めようと部屋の整理をした。改めてこの章を読み直すと、もっともっと手放せるモノがあると思えた。
「第3章 手放す方法、最終リスト65!!」を読み、ミニマリズムはただ捨てるとも違うし、ただ減らす、ただ節約するとも違うと思った。
生活を豊かにするための哲学、という感じ。
もちろん少し極端に感じられる言葉はあるだろうし、そもそもこういう価値観ではない人にとってはイラっとするような文言もあるだろう。私の場合は、イラっとする言葉があるどころか、耳の痛くなるような言葉ばかりだったので、定期的に読み返すつもりだ。
手放す方法、最終リスト65より印象に残ったルールを記すと……
- 「手放して」後悔するモノは1つもない
- 1年使わなかったモノは手放す
- 「収納」「片付け」という発想を捨てる
- 手放すときに「クリエイティブ」にならない
……書き出したらキリがない。
モノが多くてイライラするくせに、今でも私は上記のルールを守れていない。
「亡くなった人の気持ちになってみる」「元気でも『生前整理』をしてみる」というルールは、手放すことを実践するのに、物おじせずにすむ良い提案だと思う。
本全体を通しての印象としてまとめると、「ミニマリストとして生きる、というのは、人と比べないで生きるための1つの方法である」って感じだ。