おっぱいがあってよかったことなどない。女性として生きる自分の身体に対する疑問がつきまとう。

こんにちは、齋藤吐夢です。

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私の性別は女

異性が好きで、それも骨ばった異性の身体が本当に好きです。私は異性愛者なのですが、私は自分の身体に嫌悪感を抱くほど女性らしい自分の身体が本当に嫌いです

 

女性らしい体の丸みが憎い

重力に逆らえない丸み

私は本当に自分自身の体の丸みが許せません。そんなことを言っておきながら運動が嫌いでますます丸くなる一方。本当に自分の怠け癖と合わせて本当に自分が憎い、自分の体が憎い。

なぜ女性らしい丸みが憎いかと言うと、魅力的と言われる女性は極端に肉感的か、細身のモデルに少しお肉がついた程度の体といわれ、年をとり、必然的に重力に逆らえなくなっていく体の丸みが醜いと思っています。

 

女性らしさの象徴だから

また丸みを帯びた体をもつだけで女性らしさが当てはまってしまうのも本当に悔しい。自分はジェンダーレスな格好をしたいのに、女性としての丸み、肉感的な太さが邪魔をして「男装したがっている女子」のような痛さがつきまとうのです。

 

女性の象徴の胸と尻が憎い

おっぱいとおしりと男性

またこれは世の男性に問いたいのですが、そんなにおっぱいやおしりが好きなのですか?私は人間です。ぬいぐるみではありません。柔らかいからといって容易に触れてほしくないものです

相手はこれを愛と言いますし、人からすればこれはノロケ話と捉えられ会話が寸断されてしまうこともしばしばあるのですが、私にとってこの気軽に触られる、好奇の目で見られる胸や尻ほど不快なものはありません

 

好きな衣類が似合わない

また自身の抱いている体への疑問もあいまって、自身のおっぱいの大きさによって好みの衣服を好みの形に着用できないのが非常に悲しいです。特に私はロックな格好が好きでした。黒地に好きなバンドのロゴや写真の写されたTシャツが好きでした。

このTシャツはそのロゴや写真を強調して着たい。そんな時、私のおっぱいは邪魔でしかないのです。大好きなカートコヴァーンの顔が私のおっぱいのせいで伸びきった時にはげんなりしました。クールな彼の写真が女性のシンボルに負けたのです

痩せて平たい女性だったとしても、丸みを隠すことはできません。本当に全くもってジェンダーレスな方以外は、遠目から見ても女性に見える。それが悲しい。

 

望まないエロさ

タートルネックのセーターや、体にそった裁断をされたニットなどはもう最悪です。色気のないように努めていた学生時代、「エロ教師」感が出ると言われて恥ずかしかった。はりでた胸、これが非常に邪魔で仕方がない。

 

私が着たいのはセーターであって

決して胸を主張するために着たわけではないのに。

 

男性からの視線のせいじゃない

自意識過剰だと思われているかもしれないので、弁解すると、男性からの視線が私の「おっぱいがあってよかったことなどない」という思想に至ったわけではなく、純粋に昔から、思春期になったころから抱いていた疑問なんです

ジェンダーとしても、セックスとしても、疑問を抱き続けてきた「女性」。25年間もやもやしたまま、それでも女として納得して生きてきたけど、やっぱり自分の性に素直になれないのです

 

男性が好きだけど、男性になりたい

もちろん私にも憧れる女性はいました。でも彼女を見ている時の私は「カワイイな、彼女の写真を部屋に飾りたいな」と言った完全に彼女の仕事(彼女はモデルです)を介した憧れです。ですが、私は時々男性自身になりたいのです

角ばった体、細身の胴体、えらのはった感じ、細いはずの手首のごつごつとした感じ、のどぼとけ、プレッピーな格好に身を包んだ彼らの姿を見て、私も真似するのですが、私の体には丸みがあります。胸があります。尻があります。どこからどう見ても女で、そんな私は醜いのです

 

男性に触れたい、男性が好き、という感情から私が異性愛者であることが確かなのですが、時々男性自身になりたいという感情はどのような「性別」に分類されるのでしょうか。

 

男か女かしかない世界が、早々に消えてなくなればいいのに

 

次生まれ変わるなら男がいい

次生まれ変わるなら、男に生まれて、男に生まれたことを喜べる男になりたいこんな風に生まれた性に悩み続けることなく素直に生きることのできる生き物でありたい

 

そうすれば、こんな複雑な想いをし続けなくて済むのに。

では。

 

◆本日の一冊◆