というのは、絶賛落ち込み中の自分が過去の自分が書いた記事を読み返していたとき、こんな記事を見つけたからだった。
冒頭で、今までやったことのなかった仕事をして疲れたと書きつつ、
今まであまり積極的にやろうと思えなかったこと、やってこなかったことに挑戦しよう!と思うぐらいには元気になってきたんだな、と思った。
と言っていた。
このとき、2019年12月。仕事を休職したのは2016年の春だった。3年くらい経ってようやく「やってこなかったことに挑戦しよう!と思うぐらいには元気になってきた」と書いている。
定期的に元気がない
振り返ると、やはり定期的に元気がない。双極性障害特有のものかもしれないが、定期的に同じようなことを書いてしまうんだな、と少し恥ずかしながらも思う。
元気になった、と書いたのは2019年12月だが、同年3月にはこんな記事も書いている。
パソコンで作業したいのにパソコンが動かなくなったのをきっかけに、どんどんウツのドツボにハマり、えらい目にあったようだ。で、結論としては、諦めている。「もうだめだ〜」となったあと、潔く線を引いている。
同年9月も同じような感じだ。
最近こそ、薬を服用して、この感情の波とやらを「えいやっ」と科学(化学?)の力で抑え込んでいるけれど、数年前から、頑張って向き合ってきたんだなあと思う。
2019年12月に比較的前向きな記事を書くために、自分がどんな精神衛生でいたのかを振り返ってみると……
1月→精神面への言及はなし
2月→「わたしがわたしでいられるようになるまで、ものすごく時間がかかった」比較的前向き?
3月→「うつの波に飲み込まれたら、諦めるってのもひとつの手かもしれない。」後ろ向きのような前向き
4月→「ブログ更新が滞っている理由。書いたり、描いたり、ぼーっとしたりする1日の中で気づいたこと。」比較的前向き?
5月→「健康や美容の意識が高まったのは「自信」がついたから、というお話。」“自信がついた”なんて言っている
6月→精神面への言及はなし
7月→精神面への言及はなし
8月→精神面への言及はなし
9月→「生活が楽しめなくなったら立ち止まる。生活が楽しめるときは自信をもつ。」後ろ向きのような前向き
10月→「気持ちが落ち込みやすいときは、つらいニュースを避けような。」これ含め、後ろ向きな内容が3つほど。
11月→精神面への言及はなし
12月→「「あんまりやってこなかったことに挑戦しよう」と思うぐらいには元気。」
検証するにはデータが甘いけど(かなり甘いけど)、体感としてはやっぱり交互に来てるよな、躁と鬱が。
3年はみるか……
変化が生じるまでそう早くはない印象だ。3年は見たほうがいいのかもしれない。3年。2029年、長く見積もって30年あたりか。決して短くはないが、長くもないのだろうな、これ。それまでに仕事とお金と子育てに対する自分の課題が、健康上の課題も含めて、少しでも前に進んでいるといいな。超・前向きじゃなくていいから、せめて後退していないことを望む。