人と会ったあと、どっと疲れてしまうことがある。
相手は悪い人ではない。むしろ親切にしてくれることもあるし、嫌いだとは思っていない。それでも、会う前から気が重くなるときがある。
相手に少し悪いなと思いつつ、「相手を好きか、嫌いか」だけでは説明できない疲れである。しかし、この疲れは、自分でも気づかないうちに相手に合わせすぎていたり、気を遣い続けていたり、何かしらの「役割」を引き受けていることが原因だと気づいた。
嫌いではないけれど会うと疲れてしまう。そんな人と縁を切る、なんてやや過激な対応をする必要はない。会う回数を減らす、返事を少し遅らせる、話す内容を限定するといった距離を調整する方法はある。
大切なのは、「自分はどのような場面で消耗しているのか」に気づくことである。
嫌いではないからこそ、距離を取りにくい
苦手だとはっきりわかる相手であれば、距離を取る理由も見つけやすい。しかし、嫌いではない相手の場合、「疲れるから会う回数を減らしたい」と思っても、その気持ちを正当化しにくいと思う。
しかし、人間関係の相性は、好き嫌いだけで決まるものではない。話すテンポや連絡の頻度、求める親密さ、心地よい距離感は人によって異なる。どちらも悪くなくても、一緒にいると片方が強く消耗する関係は十分にあり得る。
人間関係を切ることだけが解決策ではない。
人間関係について悩むと、どうしても二択で考えがちだ。「付き合い続けるか、縁を切るか」。しかし、実際の人間関係は、さまざまな距離があって、この二択だけでどうにかできるものではない。
だからこそ、会う頻度を毎週から月に一度にするだとか、食事を夕方から昼に変えるとか、毎日していた連絡を、余裕があるときだけ返すとか、そういうことも、立派な距離の取り方だ。
縁を切らなくとも、距離は取れる。自分が疲れ切らない形へと変えていくことはできる。
なぜ、その人といると疲れてしまうのか考える
人と会って疲れる。でも、振り返ってみると、特定の人と会ったときだけ強く消耗していることに気づいた。その場でどのように振る舞っているかを振り返ってみると、疲れの原因が見えてくる。その人と距離を取るべきか否かが見えてくる。
まずはやっぱり「相手に合わせすぎてしまう」。
本当は静かに過ごしたいのに、相手に合わせて明るく振る舞う。本当は興味のない話でも、楽しそうな反応を続ける。帰りたいと思っていても、相手がまだ話したそうだから席を立てない。
一つひとつは小さな無理でも、それが長時間続けば疲れてしまう。
相手に合わせることは、必ずしも悪いことではない。人と関わるうえでは、ある程度の配慮や歩み寄りも必要である。しかし、毎回自分だけが合わせている場合や、相手の前で本来の調子を保てない場合は、その関係に多くの力を使っている可能性がある。
次に「相手の反応を気にしてしまう」。
会話をしている最中、相手の表情や声色ばかり気にしてしまうことも、疲れにつながる。
「今の言い方で気を悪くしなかっただろうか」
「退屈そうに見えるが、自分の話がつまらなかったのだろうか」
「沈黙が続いたら、何か話題を出さなければならない」
このように相手の反応を常に確認していると、会話を楽しむよりも、失敗しないための作業になってしまう。
岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社・2013年)では、アドラー心理学の考え方として「課題の分離」が紹介されている。これは、ある選択の結果を最終的に引き受けるのは誰かを考え、自分の課題と他者の課題を分ける考え方である。
自分の言葉をどう選ぶかは、自分が考えられることである。一方、その言葉を相手がどう受け取るかは、完全には決められない。
もちろん、相手を傷つけても構わないという意味ではない。できる範囲で丁寧に接したあとは、相手の反応まですべて管理しようとしない。その境界を意識するだけでも、会話中の負担は少し軽くなる。
「自分が消耗しているサインに気づく」ことも大事だ。何となく気が重いとか、会ったあと何もしたくないとか、そういう小さな変化に気づいてみる。それは自分が消耗しているサインかもしれない。
「会う前から気持ちが重くなる」こともある。約束の日が近づくと気が重くなる。予定表を見るたびにため息が出る。当日の朝になると、出かける準備がなかなか進まない。
このような感覚がある場合、会う時間そのものだけでなく、会う前からすでに多くを消耗している可能性がある。「行けば楽しいかもしれない」と思う一方で、心のどこかでは、相手に合わせることや緊張することを予想しているのかもしれない。
たまにあるのが「返信や誘いに追われているように感じる」こと。
メッセージが届くたびに、すぐ返さなければならないと感じる。誘いを受けると、自分の予定より先に相手の都合を考えてしまう。連絡や誘いが、交流ではなく「処理しなければならない仕事」のようになっているなら、関係のペースが負担になっている可能性がある。
返信を待っている相手のことを考えると、後回しにするのは申し訳なく感じるかもしれない。しかし、すぐに返さなければならない決まりがない連絡も多い。
返事が遅いことと、相手を大切にしていないことは同じではない。自分に余裕があるときに返すことも、関係を続けるための一つの工夫である。
無理のない距離は、自分で調整していい
人間関係には、それぞれにふさわしい距離がある。その距離は、一度決めたら変えてはいけないものでもない。以前は頻繁に会えていた相手でも、生活や心身の状態が変われば、同じ付き合い方が負担になることがある。
だから、まずは会う回数や一緒にいる時間を少し減らす。
会うこと自体は嫌ではないものの、毎回疲れてしまうなら、まずは回数や時間を減らしてみる。
月に4回会っているなら2回にする。1日出かける予定を、2時間程度のお茶に変える。夕方まで一緒にいるのではなく、昼食だけで帰る。
それから、すぐに返信しない。
メッセージが届いたらすぐ返す習慣があると、いつ連絡が来るか気になり、休んでいる時間にも緊張が続きやすい。そこで、返信する時間をある程度決めてみる。朝は見ない、夜は返さない、余裕のある時間帯にまとめて確認するなど、自分なりの区切りを設ける。
通知を一時的に切っておくのもいい。
疲れる原因が、会う頻度ではなく、話す内容だったり、「聞き手に回りがち」みたいな自分の役割にある場合もある。いつも相手の悩みを聞く役になっている。連絡の調整や店の予約を毎回任されている。聞かれたくないことまで詳しく話してしまう。
そのような場合は、関係全体ではなく、負担になっている部分だけを減らしてみる。
重い相談を受け止める余裕がない日は、「今日は長く話を聞けそうにない」と伝えていいのだ。予定を立てる力が残っていないなら、「今回は場所を決めてもらえると助かる」と頼んでもいい。答えたくない話題には、無理に説明せず「そのことは、今はあまり話したくない」と言っていい。
できることと、できないことを分けるのである。
うまく距離を取れないときの小さな工夫
無理なく距離を取りたいとわかっていても、実際に断ったり、返信を遅らせたりすることが難しく感じられることもある。
それでも、最初は少しずつ、考える時間や回復する時間を確保するところから始めるといい。
まず、誘いにその場で返事をしない。
「予定を確認してから連絡する」
「今はわからないので、明日まで待ってほしい」
このような言葉をあらかじめ用意しておくといい。
で、このとき、実際に予定が空いているかどうかだけでなく、その日に人と会える余力があるかも確認する。空白の時間があることと、予定を入れられることは同じではないのだ。休むための時間も、自分にとって必要な予定である。
それから、断る理由を詳しく説明しすぎない。
断るときに罪悪感があると、相手に納得してもらおうとして、理由を詳しく説明しすぎることがある。しかし、説明を重ねるほど相手から代案を出されたり、説得されたりして、かえって断りにくくなる場合もある。だから、
「今回は難しい」
「今週は余裕がない」
この程度の説明にしておく。
本当の理由を全部相手に理解してもらわなければ、断ってはいけないわけではない。説明すること自体が負担であれば、短い言葉で終えていいのだ。
そして、わたし自身が一番大事にしているのは、人と会ったあとの回復時間を予定に入れること。なんならわたしは「会いたい」と強く思う人と会ったとしてもその後、疲れるのだ。だから、予定のあとに回復する時間も確保しておく。
人と会ったあとに別の用事を入れない。帰宅後の食事は簡単なものにする。翌朝は予定を詰め込まない。一人で静かに過ごせる時間を取る。
疲れないように振る舞うより、疲れることを前提に休む準備をしておくほうが現実的だ。
切らずに離れるという選択肢を持っておく
以前より連絡を減らしてもいい。会う時間を短くしてもいい。自分に余裕がある時期だけ関わることもできる。
人間関係を切らずに、少し離れる。その選択肢を持っているだけでも、「ずっと我慢するか、すべて終わらせるか」という極端な考え方から離れやすくなる。
人間関係を減らすとは、必ずしも人を遠ざけることではない。自分が背負ってきた気遣いや役割を少しずつ減らし、無理なく人と関われる余白を取り戻すことでもある。