苦手(というか嫌い)だけど、必要だからやる。

先日、佐野Mykey義仁「ずる賢い人のための億万長者入門 成功者の9割は性格が悪い」(KADOKAWA、2026年)を読んでいたところ、こんな言葉が出てきた。

合理的な判断をするためには、個人的な「こだわり」や「思い入れ」は徹底的に排除しなければならない。

 個人的なこだわりを持たないためには、すべての判断軸を「好き嫌い」ではなく、「必要か不必要か」に切り替えればいい。

引用元:佐野Mykey義仁「ずる賢い人のための億万長者入門 成功者の9割は性格が悪い」p.126〜127(KADOKAWA、2026年)

この本は経営と投資について語る本で、今からわたしが語る内容は、別にこの本が説きたい内容ではないのだが、この一節をきっかけに、わたしは苦手な料理を合理的に行う方法を模索し始めた。

ここから先は、家事(料理)の話です。

余談だが、上記本を購入した理由は、わたしがずる賢いどころか騙されるバカなので、ずる賢い人の思考を知りたくって買った次第。でも真面目に読んでいると、そのこと自体を殴られるような文章も出てきて、なんだか根本解決には程遠い。

 

料理が苦手でも、食事は毎日必要

1日1食で済む人を除いて。

買って済ませる日があっても、外食をする日があっても、まったく料理をせずに暮らすのは難しい。家族の食事を用意する必要があったり、食費を抑えたかったり、体調に合わせたものを食べたかったりすると、どうしても料理をしなければならない場面が出てくる。

だが、わたしは料理が苦手だ。

というか大嫌いだ。

苦手なこと(嫌いなこと)を毎日続けるのは簡単ではない。

献立を考えるだけで疲れる。買い物に行くのが面倒。食材を切るのが苦手。火加減がわからない。作ったあとの洗い物まで考えると、始める気になれない。

料理が苦手といっても、負担に感じる部分は人によって異なるだろうが、だからこそ、料理そのものを好きになろうとするより、自分がどこでつまずいているのかを知り、その部分を減らす工夫が必要だと思った。

苦手なことは、苦手なままでもいい。冒頭で登場した一節をもとにすれば、「好き嫌い」は関係ない。関係ない、とバツッと線を引く。それで、必要だからこそ、無理なく続けられる形を考えてみる。

 

「料理」を分解する

料理には、食材を切って加熱する前後にも多くの作業がある。

献立を考える。冷蔵庫の中身を確認する。買い物に行く。食材を洗う。切る。加熱する。盛りつける。食器や調理器具を洗う。残った食材を保存する。

ちなみに、わたしが毎回夫にイライラしてしまうのは、わたしの中では食後すぐに片付けるまでが料理なのだが、夫は調理・食事・片付けの間がいちいち長いうえ、たま〜に片付けを忘れる。それが嫌い。あと調理器具使いすぎ。洗い物増やすな。

閑話休題。

料理がしんどいのは、これらをすべて一度に行おうとしているからかもしれない。だから「料理」を分解する。どの工程が特に苦手なのかを考えてみる。

献立を考えることが苦手なら、料理の種類を増やすより、定番を決めたほうが楽になるな。食材を切るのが嫌なら、カット野菜や冷凍野菜を使えばいい。洗い物が負担なら、使う調理器具を減らす方法を選べ……一般的には選べる。我が家は選べない。夫が食器にうるせえから。というか使ってない食器がありすぎる。これ、料理の問題じゃなくて夫の問題……

閑話休題。

料理全体を得意になる必要はない。

苦手な工程だけを道具や商品に任せることで、料理の負担はかなり変わるはずだ。

 

献立を毎日考えない

まず、わたしは冷蔵惣菜に頼ることで1週間のうち3回の食事から解放されている。毎週1回冷蔵の惣菜が届くようにすることで、献立を考える手間から解放されているのだ。

冷蔵庫にある食材を見て、その組み合わせを考え、家族の好みや栄養まで気にしていると、作り始める前に疲れる。

考えてみれば、夫の意見なんて気にしてられっか!って、毎日違う料理を作ろうとしないでいいのだ。おおまかに、曜日ごとに決めちゃうのもありだ。「月曜日は丼もの」「火曜日は焼くだけの肉や魚」「水曜日は麺類」みたいに。なお、料理名までは固定しない。

完全に同じ献立を繰り返すことに抵抗がないご家庭の場合は、数種類の料理を順番に回すだけでも十分だろう。

 

切らない、量らない、味つけを増やさない

工程が多いレシピを選ばない。

カット済みの肉や魚、冷凍野菜、カット野菜を使えば、包丁を使う回数を減らせるし、肉を焼くだけ、野菜を電子レンジで加熱するだけでも、一つの食事になる。味つけも、毎回複数の調味料を組み合わせる必要はない。

焼肉のたれ、めんつゆ、ポン酢、ドレッシングなど、一本で味が決まりやすいものを使えば、考えることを減らせる。最近のお気に入りはやきとりのたれ(↓)。

それから液体の味噌(↓)。

 

一品だけ作ればいい

土井善晴「一汁一菜でよいという提案」(グラフィック社、2016年)である。

なお、我が家は一汁一菜NG。NGというか、一品だけ作ると、夫が「味噌汁飲みたい」といって味噌汁を作り出し、食事のタイミングが遅くなる(すでにご飯が出揃っているのに、味噌汁を作り出すから、食べ始めが遅くなる)。「一汁三菜がいいよね(圧)」と言われたこともある。これ、料理の問題じゃなくて夫の(以下略)。

自分で作るのは一品だけ、と決めてもいいのだ。

肉や魚を焼いたら、野菜はカットサラダにする。丼ものを作ったら、汁物はインスタントにする。みそ汁だけ作って、主菜は惣菜を買う。料理と市販品を組み合わせれば、すべてを自分で用意しなくても食事は完成する。

 

洗い物が少ない料理を選ぶ

料理そのものより、片づけが嫌で作りたくない人もいるはずだ。わかる。作るときはなんとか頑張れても、食後にシンクいっぱいの食器や調理器具を見ると疲れる。その経験が積み重なると、料理を始めること自体が嫌になってしまう。

そういうときは、洗い物を減らすことを料理の条件にする。

フライパン一つで作れる料理、電子レンジだけで完成する料理、鍋からそのまま取り分けられる料理などを選ぶ。まな板の上にシートを敷く、キッチンばさみで肉や野菜を切る、食材を保存容器の中で混ぜるといった方法もある。1人のときは盛りつけもしないで、調理に使った器のまま食べてしまっている。

見栄えなんかより、片づけまで含めて「料理」を続けられることのほうが大切な気がしている。

 

 

料理をしない選択も含める

必要だからやる、といっても、実際には、料理をしない日を含めたほうが続けやすいと思う。惣菜を買ったり、冷凍食品を使ったりする日、外食をする日、前述した通り、冷蔵の宅配惣菜だったり、ミールキットだったりに頼る日があってもいいじゃん!である。

毎日自炊を目指して途中で嫌になるより、自分で作る日と頼る日を組み合わせたほうが、長い目で見れば生活は安定するはずだ。

「自分で作らなかった」という罪悪感よりも、「今日も食事を用意できた」と考えたほうがいい。そんな気がする。

 

苦手だけど、必要だからやる

やらなくていいなら全然やりたくない。が、腹は減る。

あと、夫がほかにも家事があるというのに、「あなたがつくらないなら僕つくるよ」と調理器具をアホみたいに使って後片付けをさっさとやらなくて、それで自分がイライラするのもめんどくさいし。

料理が苦手でも、必要だからやらなければならない場面はある。

だからこそ、自分が続けられる形に変えることが大切。マジで。

献立を固定する。切らなくてよい食材を使う。一品だけ作る。市販品と組み合わせる。洗い物を減らす。疲れた日は料理をしない。

料理は好きになれなくていいや。好きじゃないです、嫌いです。でも、生き物なので、腹が減るので、今後成長するにつれて存分に腹を空かせるであろう存在もいるので、毎日違うものを作れなくても、すべて手作りできなくても問題ないから、必要だからやる。

頑張らなくても続けられるやり方を選んでいきたいものだ。