アクセス解析を眺めていたら、Bingでの検索履歴の中にこんな記事を見つけた。
2018年の記事である。
8年前の記事になるが、今の自分と共通点がありながら違う部分もあって、ものすごく心が動いたので……読みながら2026年の今のわたしとして書いていきます。
月収とその捉え方
今のわたしは妊娠・出産を経たのち、自分都合と取引先の都合で仕事が激減し、収入がガクンと減った状態。しかし、額は同程度でも、2018年、前年にクラウドソーシングでのライティングの仕事を始め、独学で絵を描き始めた自分の捉え方は全く違っている。
わたしは今、ライター・ブロガー・画家の3足のわらじを履いて活動している。
まあお仕事なので、「月収どのくらい?」と聞かれることもある。みんなの期待に応えられるほどの額ではない。平均月収10万円。
世間的に見て「それ、どうなん?」って思う人もいるかもしれんが、わたしはわたしを生きていて、それが最高に楽しいのでオールオッケーである。
「楽しそうだね」と言われれば、ザッツライトである。
インターネット上で調べてみると、30代の平均月収(額面)は30万円強で(働き方、雇用形態問わず)、そこから考えると当時も今もだいぶへっぽこぴーな月収なのだが、当時のわたしは“最高に楽しい”と言っている。素敵だねッ。
好きなことが仕事になるまで
今、振り返ってみても共通しているのは、多分、人から見て、「好き」を仕事にした人には違いないこと。当時好きだった「お絵かき」「読書」「お人形遊び」「妄想」は今でも好きで、形を変えて継続中である。妄想はちょっと減った。
当時の自分が書いた内容で励まされたのは、うまい・へたの価値観で判断するとへたの部類なのだが、それでもやめなかった、という話だ。
「描く」では、美術の授業で受けた「自分を表現する抽象画」が楽しかった。担当教諭とは険悪な仲になってしまうのだが※、他の先生の授業で、厨二病全開の絵を自由に描かせてもらった時、「わたしにはこれしかない」と本気で思った。
もちろん、文章能力も画力も「神童」と呼ばれるようなことは一度もなく、むしろわたしよりも文才、絵の才能がある子はいっぱいいた。わたしは中の中、否、中の下か下の上レベルである。
かいてもかいても、見向きされないことのほうが多かった。
でもわたしはなぜか「かく(書く・描く)こと」をやめなかった。
わたしは今の仕事に落ち着くまで、分かりやすく「うまいね」なんて言われたことは一度もない。自分でも驚くが、本当にただ好きなだけでやってこれたのだ。
好きでい続けるためにはどうすべきか
当時のわたしは“「好き」というより、これは「執着」かもしれない。”と書いている。
ということは、今のわたしは、少し「好き」や「執着」から離れかけているのかもしれない。
思えば会社員時代、その執着を一度に手放してしまったのが、心身の健康を崩した理由かもしれない。会社員時代、書くことも描くこともしていなかった。
休職し、クラウドソーシングと出会ってからは、今に到るまでずっと何かを「かいている」。
わたしにとって「好き」であることに違いないが、仕事につながった理由は「執着」なのではないだろうか。
今のわたしは、もしかすると、会社員時代の自分に逆戻りしているのかもしれない。
そんなわたしへの、わたしからの回答には、なかなか潔いものがある。
嫌いになりそうなら、やめる
そしてわたしは「書く・描く」ともに嫌いになりそうになった時、潔くそれをすることをやめた。「好き」を「嫌い」になることはとてもつらい。
「嫌い」になる前に、距離を置いた。
今まで大好きだったのに、ちょっと方向を間違えて「これでいいのか」と疑問を持ち始める・・・なんてことは往往にしてある。そんな時のために、「続けない」という選択肢を提案する。
今生の別れはさみしいんだもの。
過去の自分は評価を気にするな、とも言っている。好きでい続けるために、評価を一番に気にするなと。
過去の自分がそう言っているのだから、過去の自分が実際に対面した人からかけてもらった嬉しい言葉をしっかり思い出して「嬉しい」と言っているのだから、それを今のわたしも思い出すべきだな、と感じた。
“わたしは多分死ぬまでかく”んですって。
そりゃあ、死ぬまでかかないとね。