いわゆる瞑想をできない体だが、写経は向いている

いわゆる瞑想、楽な姿勢になって(といいながら背筋を伸ばした姿勢を指示されることが多い)、目を閉じて、呼吸に集中して……というのがどうもできない。体がソワソワしてしまって、どうもできない。

一方で、最近始めたのが写経。いってしまえば、これだって立派な瞑想の一種なのだろうが、不思議と写経なら続く。しっかりと「般若心経」を書き写すまで集中できるから不思議である。

不思議である、とは書くが、おそらくこれは私が視覚優位な、書く、とか、見る、とかそういう行為を第一にしている人だからという気もする。

比較対象である夫は、そもそも写経も瞑想も大っ嫌いレベルで「やりたくない」雰囲気満点の人だが、一度体験したことのある写経ははっきりと苦手だと言っていた。

彼は文章を書いたり、本を読んだりするより、人と話したり、耳で聞いたりする方がいいと言っていた。

そして、私はその真逆である。

可能であれば、しゃべりたくないし、耳で聞いているとソワソワしてしまってダメだ。自分のペースで文字を目で追いたい。

写経は向いている、というのはそういう理由なんじゃないかと思う。

それから、自分の書く字が大嫌いだが、写経なら手本を書き写すことができるので、それも心地の良い理由だと思う。下から透かして写すのではなく、横目に見ながら文字列を写すのが写経だとしたら、こうはならなかっただろう。

他にどんな理由があるだろう。純粋に「般若心経」に興味があるのも一因か。最近、『入門 日本美術史』を読み直している。

そこでは仏教の美術がどんな風に変わっていったかの説明があり、当然歴史の話が出てくる。空で説明できないぐらい歴史について不勉強な私ではあるが、どうやって仏教の宗派が出てきたのかのくだりは読んでいてワクワクする。「般若心経」への興味はそこから繋がっているように思う。

しかし、写経は当然アナログな方法だから手が疲れる。目も疲れる。疲労感たっぷりにならないよう気をつけながら習慣化できたらいいなと思っている。

ちなみに、お金をケチって一番安い写経キットにしたところ、手本の字が達筆すぎて写すのに苦労しているので、一番安いキットを購入するのはおすすめしない。できれば、お金ではなく、書き写しやすい文字かどうか、書き写しやすいペンがついてくるかどうかを基準に購入した方が良い。

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