これまで「画文集」というものがどうも苦手だった。実物を見ることができない作品だけを眺めていたいのに、その作品の上に文字が印刷されることに抵抗があった。
けれど、先日ブログに更新した“好きが嫌いになりかけ”る出来事がきっかけで、この本を手に取ることになった。
“好きが嫌いになりかけ”ながらも、書店や図書館でつい手に取ってしまうのは画集や美術に関する本である。そしてこの本も、自身が苦手としていた画文集でありながら、救いを求めるような気持ちで手に取った。
篠田桃紅とは、「書の道」から発展し、水墨による抽象表現で、世界的な評価を確立した芸術家である。
この本には、表現について自信をなくし、大きな不安を抱えていた自分の心に響く言葉がたくさんあった。
(この画文集に収録されている言葉は、篠田桃紅が仕事場でつぶやいた言葉である。彼女と仕事を共にしていた編集者の過去20年分の録音がもととなっている。)
印象的だった言葉を一部抜粋して紹介する。
まったくの手探り。闇のなかで、一人で道を探して歩いていくようなもの。孤独の仕事ですからね。これ以上の孤独はないんですね。人がいないどころか、この世に何もない状態です。絵を描いているときは無ですよ。一切がなくならないと、そこにつくる、ということはありえないのね。無から有をつくるということに。
(p.19)
絵というものの持つ内側の力は、それを描いた人の生涯がこもっている。一本の線の中に、その人の長年の修練したものや苦しんだものなどがこもっている。見る人によっては、何かの力となって、その人に与えているものがあるかもしれない。通じているものがあるかもしれない。ぜんぜん通じない人には、なんの縁もないこともあるでしょうね。
(p.35)
私の絵もそうなの。人の想像力を頼りにして描いてる。私の絵を見て、何か、その方が想像する別の世界がある。一人ひとり全部違う。想像する範囲は非常に広くて無限。ですけど、無限にあるということは、絵に誘い込む力がなければだめなのね。想像力をかきたてる力がなければ、ああ線が引いてあるわ、ただ赤色だわっていうだけじゃ、別段、どうってことはない。そこから一歩奥へ、誘い込む力があるかどうかですよ、絵に。それは非常に難しいわよね。
(p.39)
抽象画の魅力(それと難しさ)、作品制作につきまとう孤独について、自分はこういう風に言葉にして、共有できる相手がほしかったのかもしれない、と思った。彼女は故人だし、故人でなかったとしても偉大な作家であり、顔と顔を突き合わせて対話することなどできない人だけれど、それでもほしかった言葉がそこにあって、私はほっとしたのだった。
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