持ち物を整理する中で、いらないものが生じた。その中には、これまで大事にとっておいたものもあったので、少し不思議な気持ちになっている。もし過去に戻れるなら、今の家に引っ越してくる前の時間に戻り、「今、処分しとけ。後で楽だから」と伝えたい。そのぐらい、あの時一生懸命になって今の家に運んできたものの大半が“いらないもの”になった。
なぜ“いらないもの”になってしまったかといえば、それは文字通り不要になったからだ。今の私には必要ない。あまり語彙力のない表現だが、なんかムカつく出来事があって、軒並み捨ててしまいたくなったのだ。それはまた別の機会に。
さて、そんな風にして生じた不用品は、中古品として販売するかゴミとして処分するかの2択で手放した。面白かったのは、結果としてゴミとして処分したもののほうが多いことと、ゴミとして処分した方が気持ちが晴れたことである。本稿ではそのことについて記す。
ゴミとして処分することにしたのは、過去に読んだミニマリストしぶさんの著作『手放す練習』(KADOKAWA・2022年)の内容が頭をよぎったからである。過去に書いた記事と全く同じ部分を引用するが、本文には「売るでも譲るでもなく『ゴミとして捨てる』がいちばん早くエコなのだ」「片付け初心者の持ち物はガラクタだらけ(中略)あなたにとってのガラクタは、他人にとってもガラクタなのだ」とある。手放すなら、潔くゴミとして捨てる。
前述した通り、ムカつく出来事があり、軒並み捨ててしまいたくなった私にとって、「これまで大事にしてたけど、今では心を苦しめるもの」には、さっさと目の前からいなくなってもらう必要があった。それで、年末の大掃除よろしく、一気に方をつけたのだった。
自分の住んでいる地域のゴミ分別一覧表と目の前のゴミを見比べて、細かく分別する作業は楽しかった。はじめこそ、やっぱりこれまで大事にとっておいたものなだけあって、名残惜しさもあったけれど、処分すると決めて、紐で縛ったり分解したり、ゴミとしてひとまとめにする……なんてことをするうちに、だんだんと気持ちが楽になるのを感じた。そして先日、ゴミの日にまとめて出した。しばらくしてゴミ捨て場を覗いてみると、そこには何一つなかった。ゴミの日から数日以上がすぎるが、後悔は微塵もない。
大半はゴミとして処分したが、いくつかは中古品として販売した。大半をゴミとしたおかげで、出品数が厳選され、手間が減った。その分、丁寧な梱包を心がけた。商品として買い取ってくれた人が気持ちよく受け取り、気持ちよく使い始められるように、と意識しながら梱包・発送する時間もまた楽しかった。
たくさんのものを手放したが、多分まだまだ手放せる。今いちばん気になっているのは、いまだに残る執着を少しずつ取り除いたとき、最後に何が残るだろう、ということだ。衣類も厳選した。文筆業や画業に必要な仕事道具も厳選した。自分を癒すものの厳選も進みつつある。でも、その中にも本当は必要のないものがある気がしていて、それを取り除いたら、何が見えるのか。これまで好きだと思っていたものも、本当は好きではなかったりして。
そういうことを知りたいから、今後も「ミニマリズムの実践」を試してみたい。
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