先日、文庫化していた『手ぶらで生きる。』に手を伸ばした。
以前、同著者の作品を読んだことがある。
ミニマリストしぶ『手放す練習 ムダに消耗しない取捨選択』(KADOKAWA・2022年)
『手ぶらで生きる。』に手を伸ばしたきっかけは、『手放す練習』を読んだ時の良い読了感を覚えていたこと、そして心身の消耗からくる「身軽になりたい」欲が芽生えていたことだ。『手放す練習』の読書録にも、“精神的にまいってしまった時にこの本を手に取った”とあった。私にとって、ミニマリズムはリラクゼーション手段の一つなのかもしれない。
『手ぶらで生きる。』のサブタイトルは「見栄と財布を捨てて、自由になる50の方法」とある。内容は全6章からなり、「第1章 暮らしを自由にする」「第2章 ものを自由にする」「第3章 体を自由にする」「第4章 時間を自由にする」「第5章 思考を自由にする」「第6章 人間関係を自由にする」である。私の場合、家族がいることから、第1章はあまり参考にならなかった(小さな部屋に住む、冷蔵庫・テレビは持たない、狭い家に引っ越すなどが、私が生きる家庭においては現実的でないから)。しかし第2章以降は、そんな私にとっても制限が少ないミニマリズムである。
もちろん、正直、これは私には極端だと感じたところもある。たとえば、著者の洋服は靴も含めて全て黒で揃えられている。写真付きで紹介されている「1日1食生活」の食事メニューの簡素さに驚く。著者が愛用するシャツは背中にノートパソコンをしまえるようだが、私はそこまでして“手ぶらで生き”たいわけではない。
とはいえ、物の増加が日々の疲れ度合いをよりいっそう強くする中で、著者の思想が心に響く瞬間もある。前述で“第1章はあまり参考にならなかった”と書いたものの、“「収納のための収納」を持たなければ、物が増えない体質になれる”などの言葉は、疲れを取り除くための励みになるし、実際、収納の少ない部屋で物を減らし、厳選したものに囲まれると、物理的にも精神的にも視界がクリアになった。
また、すでに「できていた」ミニマリズムにも気づく。たとえば「通信費は月5,000円以下」「毎日ほぼ同じ服を着る」「『限定』より『定番』を選ぶ」などである。
加えて、この本を読んで、私が本当に手放したかったものにも気づいた。それは物よりも、役割や思い込みだった。読後、目の前に広がる物を見て、本当に大切にすべきものなのかどうかを考えることになった。
読後の変化としては、これまで処分する決心がつかなかった物を思い切って捨てたことだ。それは、独学で絵画制作に取り組む中で売れ残っていたグッズや、学生時代に制作したものの自分では全く気に入っていない作品である。これまで「もったいない」とか「過去を振り返りたくなる機会があるかもしれない」とか、さまざまな理由をつけて処分してこなかったが、同時に、重荷に感じる瞬間もあったし、純粋に「邪魔」という感情も浮かんでいた。思い切って処分した結果、今は心が軽くなった。今の私は、あの頃とは違う心持ちで制作に励んでいるのだ。あの頃を一切忘れられるわけではないのだから、あのグッズや作品が物としてそこにあり続けなくても問題はないのだ。
どうしても手放せないものにも気付かされた。それは紙の本だ。がらんとした部屋に暮らすことに憧れがあるものの、本棚と本という、引っ越しする際に重荷となる物だけはどうしても譲れない。
だが、別に、この本は「全ての物を処分しろ」と言っているわけではない。自分にとって大切なものが何かを見極めるためのミニマリズムなのではないか。私はそう捉えた。
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