私は「勉強」という言葉に、受験のために詰め込むもの、テストのための道具、成績として測られるもの──といったイメージを抱いていた。学生時代の私は、これらのイメージをもとにした「勉強」をうまくできなかったから、大学受験や試験勉強は落ちたり合格はできても真に理解はできていなかったりしており、勉強に対して強いコンプレックスを抱いていた。とはいえ、学ぶことへの興味はある。哲学的な問いはなおさらだ。そんな時、本屋で『勉強の哲学』というタイトルを見た。勉強へのコンプレックスと哲学への関心、その両方が刺激され、本を手に取ることになった。
読み始めてわかったのは、この本が「勉強=能力の強化」や「勉強=努力の量」といった単純な話ではないということ。むしろこの本は、学ぶとは何か・人はなぜ学ぶのかを根本から問い直すための書といえる。
なかでも印象に残ったのが、「アイロニー(ツッコミ)とユーモア(ボケ)」という勉強の技法だ。批判的に突き放して考えるのがツッコミであり、視点をズラしてみるのがボケ。著者は、どちらか一方に偏るのではなく、二つを行き来することこそが勉強の動力だと説いている。
私はこれまで“ツッコミ”にばかり徹していた。何かを知ったとき、その何かを深く知ろうとするために「それは本当だろうか」と疑いを持つ癖をつけていたものの、批判的に検討しすぎるあまり、真理を深追いすることになり、結論からどんどん遠ざかることがしょっちゅうあった。だから、この本で“ボケ”の重要性を知れて良かった。真理を深追いしすぎて何も得られない、なんて状態にならずに済むからだ。
本書の章構成は理路整然としている。しかし正直に言うと、私はまだこの本の内容をつかみきれていない。そのつかみきれなさは、過去に、國分功一郎『暇と退屈の倫理学』(新潮社、2021年)を読んだときの感覚に近い。『暇と退屈の倫理学』は2回、3回と読み返してようやく理解の輪郭をつかんだ。なので、このレビュー記事を読了1周目で書いてしまうのはもしかするともったいないというか、あまりよろしくないかもしれない。2周、3周した後にも記事を書くつもりで、何度でも読み返そうと思う。
この本を読み、圧倒的に足りていない基礎知識(一般教養)の蓄積と専門書・論文へのアクセス力を強化しようと思い立った。学問の土台を少しずつ積み重ねること、そして自分が気になるテーマに正直に従い、専門書も読みこなせるようになること。この姿勢を大事にしつつ、冒頭で述べたような勉強へのイメージを抱くのではなく、“もっと知りたい”という純粋な探求心を軸に学び続けたい。
『勉強の哲学』は「学ぶことの魅力」を強烈に可視化してくれる本だと思う。学ぶとはもっと自由で面白いことなのだ。
