文庫版の『星の王子さま』が本屋に並んでいるのを見て、手に取った。なぜ今、この本を読もうと思ったのかというと、私が幼かった頃、家にこの本があったことを思い出したからだ。当時(記憶が始まる幼稚園児の頃から小学生時代にかけて)はこの本に興味がなかった。文字が多くて、挿絵にワクワクしなかったから。覚えているのは、星の王子さまが自分の星に帰るシーン。「死」を彷彿とさせる描写だけ読んだ記憶があるが、そればかりで、どんな物語だったか全く思い出せない。だから今、この本を手に取った。純粋に気になったから、何が書いてあるのか。
読む前は、もっと説教臭い物語だと思っていた。しかし読んでみると、印象的な場面をたくさん見つけることができたし、おそらく今、身近に子どもがいたり、子どもの頃の経験や記憶について考えたりしている時だからだと思うが、「かつて子どもだった」からこそ心に響く言葉もあった。
たとえば、王子が自分の星を出てから最初に訪れる星々で出会う大人たち、王さま、大物気取りの男、酒びたりの男、実業家、に対する「おとな」への感想は、かつて子どもだった自分たちが大人に思うことそのものだと思う。子どもは幼いから、自分の思いをはっきりと言語化することは難しいと思うけど、そんな風に「変なの」と思いながら、子ども時代をうんと楽しんで、そのうち社会を学んで大人になるうえで忘れていくんだろうな。
そんな中、五番目の星で出会う“点灯人”への王子さまの感想に心惹かれる。<きっとこの人もおかしな人なんだ>と思いつつ、「意味あるもの」の捉え方が子どものようで魅力的だから。
<この人の仕事には意味がある。この人がガス灯をともすと、まるで星がもうひとつ生まれ出るみたいだ。花がひらくみたいだ。そうして消すと、花は眠る。星が眠る。とってもすてきな仕事だ。すてきだってことは、役に立っているってことだ>
こんな風に思ってもらえる仕事がしたいな、と思う。
子どもの頃に読んだとき、正確には流し読みをしたときには、こんな哲学的な、「いちばんたいせつなことは、目に見えない」という言葉が指し示すような、深く想像させる物語だとは微塵も思わなかった。大人になった今になって、心に沁み入る言葉がたくさんあって、でもそのどれもが大人になった私にはもう持ち得ない感覚のような気もしていて、少し悲しい気持ちになる。
王子さまが出会った大人たちは、現代の、せっつかれるように毎日を生きている、自分で選択できるのにそれをせず、代わりに何か疲労とか満たされない感じとかを覚えている人たちに似ているんじゃないか。<すてきだってことは、役に立っているってことだ>みたいな気持ちで、誰かの役に立つことを大事に思ったっていいのに。
私はこの物語を、良い人生について考えるためのものだと考えている。読み終えた後も、ずっと、「大切なこと」が何なのかを考え続けているから。子どもではなく、かつて子どもだった大人が、何かに行き詰まって立ち止まっている大人が読むべき本なのではないかな。
