ここのところ、洋服の話ばかり思い浮かんでいる気もする。でも、自分にとって「洋服」はそこまで大切なものではないことに気づかされたから、その感動について書く。
先日、『図らずも“パッキングパーティー”を実践することになった。』という記事を書いた。“パッキングパーティー”というのは片付けの方法の一つで、「ある一定の期間、全てのものを段ボールや物置などにしまい、必要になったらそこから取り出す」ものである。
あらためて考えてみると、引っ越し作業はほぼほぼ“パッキングパーティー”だと思う。
引っ越しの数ヶ月前から、私は段ボールにそこまで必要としていないものをしまいこんだ。一方で、生活に本当に必要なものは引っ越し直前まで段ボールにしまえなかった。
これはすなわち“パッキングパーティー”だ。
“必要になったらそこから取り出す”ではなく、必要だからしまわないという形ではあるが。
そして、洋服についてだが、「どうせ引っ越し作業で汚れるし」「どうせ育児で(赤ちゃんの吐き戻し等で)汚れるし」といった理由で、動きやすくてシンプルな洋服だけを残して、引っ越しの数ヶ月前にほとんどの洋服をしまい込んだのだった。
生活拠点を移った後、やはりすぐには引っ越し前のような生活には戻れない。しかし、その戻れなさが、洋服との向き合い方をシンプルにしてくれたのだった。
というのも、「動きやすくてシンプルな洋服」以外、ほとんど外に出していないのだ。多少は「おしゃれを意識した洋服」を段ボールから取り出しているが、ほとんどの洋服は段ボールにしまったままである。
そして今、私は以下の洋服だけで過ごしている。
- ロングTシャツ×3枚(白2、茶1)
- Tシャツ×3枚(白、黒、黄各1)
- パンツ×2本(ワイドパンツ、ジーンズ)
「結局、このぐらいで事足りるんだなあ……」と感じる。
まだまだ、モノそのものを減らしきれていない。「思い出」という、消耗品とは別枠の理由でなかなか捨てられない洋服があるし、秋冬用の洋服をどれだけ処分できるかはまだわからない。
けれど、上記の服だけで過ごせている今、各アイテムを2〜3つに絞ることができればだいぶ身軽になれるだろう。
モノと向き合うのは面白い。