スマホ依存を減らすために、デジタル・ミニマリズムを実践する②途中経過編

先日、『スマホが危ない(プレジデント2025年4/4号)』を読んだ。

このブログでは度々、デジタル・ミニマリズムについて触れている。

たとえば、2024年1月にはカル・ニューポート『デジタル・ミニマリスト スマホに依存しない生き方』(早川書房・2021年)の書評を書いていたり、2025年2月には『スマホ依存を減らすために、デジタル・ミニマリズムを実践する①計画編』なんて記事を書いている。

にもかかわらず、『スマホが危ない』というタイトルの雑誌を手に取っているあたり、察しの良い方はお分かりかと思うが、私はちっともデジタル・ミニマリズムに成功していない。

いや、一応、手放せているものはある。手放さずに大事にすると決めたものもある。なので全くもってデジタル・ミニマリズムができていないわけではないと信じたいが、何度もスマホ依存に関する書籍に手を伸ばしてしまうあたり、自覚する限りのスマホ依存が拭いきれていないわけだ。

 

それでも、変わったことはある。

 

たとえば、アプリの断捨離

2024年1月(書評を書き、スマホ依存から脱したいと思い始めた時期)との大きな違いはスマホのホーム画面にある。

この頃の私も、できる限りホーム画面はスッキリさせていた。ホーム画面に配置しているアプリはLINEと音楽配信サービス(または音声コンテンツ)、語学学習と家計簿のみ。使用頻度は高いがSNSのような依存性のない時計や電卓などのアプリが画面上にあることもあったが、基本的には4つに絞るようにしていた。

今は、ただの真っ白な壁紙に、最近「使いこなせるようになりたい」と思い触り始めたChatGPTのアプリだけがポツネンとある状態だ。

使用頻度を下げたものもある

もちろん、スワイプすれば標準搭載のアプリと家計関連、娯楽目的のアプリ等が出てくるが、さまざまな工夫を凝らすことで使用頻度がぐっと下がった。

たとえばYouTube

以前書いた記事(YouTubeの見過ぎを防ぐために私がやっていること。それは再生履歴をオフすること。)の通り、再生履歴が残らないようにしているうえ、登録チャンネルを4つに絞った。

これにより、新着動画やアルゴリズムによって表示されるおすすめ動画が目に入ってくる頻度が減り、結果、視聴回数そのものを減らすことができている。

たとえばInstagram

唯一アカウント登録のあるSNSだが、基本的に画業の宣伝ツールとして使用している。だが、YouTubeと同じでアルゴリズムによって表示されるおすすめの投稿やショート動画をつい見てしまうのが悩みだった。

そこで、Instagramスマホアプリは削除している。アプリがあると、おすすめの投稿やショート動画があがっているとつい見ちゃう、それならばアプリを消せばよいのだ。

時々、DMでのやりとりが発生することもあり、アプリを再インストールすることもあるが、基本的には宣伝ツールとして利用しているわけだから、発信だけならパソコン上の操作で十分なのだ。不思議なことだが、パソコン上ではあまり「おすすめ」に意識を奪われない。

 

よりいっそうスマホと距離を離せるように

いつ、「スマホ依存を減らすために、デジタル・ミニマリズムを実践する③結果編」をお送りすることができるのか。そもそもスマホとの関係についての目標等を定めていなかった気がするから、結果が生じるのか。どうなるかはわからないけれど、少なくともよりいっそうスマホと距離を離すことを望んでいる。

どんなに高機能になっても第一に連絡手段として役立っているスマホ。その他諸々な面で非常に便利だが、同時になんだかわずらわしい存在でもある。

ちょうどいい距離感になれたらいいのだけれど。