はてなブログを開く際、トップページに広がる記事を眺め、気になる記事を読んでいる。で、その感想を書き溜め、誠に勝手ながら、それを定期的に公開する。
2025年3月3日に読んだ記事
“スマートな悪”とはなんぞや、と思い、読んでみたところ、私自身も薄らぼんやり感じていた違和感をより強めた「スマート(smart)」な仕様の軽自動車の話が書かれていた。
スマートな仕様の軽自動車の機能に対し、書き手である徳久圭(銭衝)さんは“人間の主体性を奪っているように感じられた”という。私は激しく同意した。
多分、実際、ここで登場するスマートな仕様は便利ではある。
たとえば夫は定期的に、自動運転車に任せた方が人間の判断より安全なのではないかという意見を口にする。人は確かに間違う。機械やAIが絶対に間違えない、とも言い切れないが、人の判断より確かなことはあると思う。
でも、主体性を奪う・奪わない、という視点で見た時には、私はスマートな仕様に対して、書き手・徳久圭(銭衝)さんと同じ違和感を抱くだろう。
機会があれば、この記事で紹介されていた『スマートな悪 技術と暴力について』も読んでみようと思う。
本文中にある「自分の持ち物をコントロールできるのは自分だけ」ってその通りなんだよなあ……。
このブログの書き手であるyukino2245さんが物を捨てるに当たって基準にしたルールをメモさせていただいた。
- 1年以上使っていないものは処分
- 「また使うかも」はほぼ使わない
- 本当に気に入っているものだけ残す
う〜ん、やっぱりこの3つってすごく大事なんだろうな。実際、yukino2245さんは“このルールに沿って、部屋を見渡してみると、意外なほど 「必要ないもの」 だらけでした。”と記している。
自分自身でも、ミニマリスト的生活の実践を心がけているけれど、なんか妙に落ち着かないままなのがモヤモヤするが、やっぱり物を減らすことで得られるメリット(本文中に登場する“掃除が楽になり、部屋が常に快適”や“「買う前に考える」クセがつき、無駄遣いが減る”など)が大きいので、常に物を捨てる・減らす・増やさない姿勢を心がけておきたいものだ。
そして、できることなら捨てるのではなく、そもそも手にしない(買わない)ようになりたい。今はまだ、ストレス解消の購買欲から逃れられていないので……。
『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』は、本屋で見かけた時から気になっていた。
書き手であるBackyard Boyさんの文章によって、「やはり読まねば」と思った。
加えて、Backyard Boyさんの、
世界史に疎い私は、本書を「たった一冊のネタ本」にしないためにも、巻末のブックガイドで「ヒトラーやナチ体制について知りたい場合、最初に読むべき文献」として紹介されている、石田勇治著『ヒトラーとナチ・ドイツ』(講談社現代新書、2015年)を早速読み始めたところである
という読書姿勢がまた、「読まねば」意欲を掻き立てる。
Backyard Boyさんが“何かを順序良く学んでいく構成にはなっていない”という注意点を示してくれているので、私もまた、歴史に関する書籍を一緒に読み進めつつ、読んでいきたいものだ。
『フランス人は10着しか服を持たない』という書籍が面白かった記憶があるので、こういうタイトルにはつい惹かれてしまう。
書き手・梅小路梅子さんによる『フランス人はなぜ好きなものを食べても太らないのか』という書籍の忘備録。おそらく章のタイトルや見出しと思しき一節に「ガーン!」だったり「日本はプロセスチーズが主流だよねぇ。」だったり、梅子さん独自のコメントが記載されていて楽しい。
“フランス人は”というのは、あまりにも主語が大きすぎる気がするけれど、私はこのような書籍を通じて、自分軸がしっかりした人は、自分の人生を楽しむために自分を律することができる、と解釈している。