【読書録】有島武郎『生れ出づる悩み』(新潮文庫、2003年)

小さき者へ・生れ出づる悩み(新潮文庫)

 

ずっと昔から、生活と芸術の両立への困難や不安、虚しさが描かれ続けていることに気づかされた作品。

 

有島武郎の名と『生れ出づる悩み』という作品名に出会ったのは中学生の頃。国語の授業に限らず、ずっと眺めていた国語便覧にその名があったはずだ。けれどその時点では、有島作品に触れることはなく、なんとなく名前は知っているし、作品名も知っているけれど、その程度の知識といった感じだった。

生れ出づる悩み』を手に取ったきっかけは、2021年10月に参加させていただいた、ずるむけ般若という劇団の有島武郎プロジェクトVol.2「奇跡の咀」である。有島武郎の戯曲に登場する人物を演じた。有島武郎の宗教観や彼が描く人間同士の生々しいやりとりが面白かった。戯曲を読者として、演者として存分に楽しませてもらった後、「他の有島作品も読みたい」と薄らぼんやり感じていた。

そしてたまたま、学生時代のように読書だけに集中する時間がほしい、今こそ国語便覧に掲載されるような作家の作品を読みこむタイミングだと思っていたときに、訪れた書店で、ようやく有島武郎を手に取ったのである。

 

生れ出づる悩み』の主な登場人物は2人で、それは「私」と「君」である。「私」は文学者で、「君」は「私」のもとに絵を持ち込んできた、妙に力強い印象をもつ人物で、今は漁夫として働いている。

話の構造としては、「私」が思い出す「君」の物語と、数年ぶりに再会した「君」が話した内容を元に「私」が書き出した「君」の生活と苦悩が描かれる。

最終章で急に劇画チックな文体に変わり、物語の最後の最後で置いてきぼりを食らったような気持ちになったものの、「私」と「君」の思い出話は妙に生々しくて、事細かに記された「君」の表情の描写のおかげで、「君」がどんな人物なのか想像力が掻き立てられる。

途中に描かれている「君」の漁夫としての生活や命の危険を感じる程荒れた漁の様子、思い詰めた「君」が我に帰る瞬間など、映画のような緩急で特徴的なシーンが続くので、その都度ぐっと物語に引き込まれる。だから、私は「私」と「君」を見る第三者でありながら、途中途中で私が「私」や「君」に同化するのを感じた。久しぶりの経験だった。

特に、思い詰めた「君」が我に帰る瞬間を描いた第八章の画は、荒れた漁の場面に比べると、緩急の“緩”の部分にあたって地味にも感じられるが、じわじわと心を蝕むように、あの瞬間に「君」が抱えていた苦悩が嫌というほど理解でき、なかなかしんどいものがあった。

漁夫として働き、漁夫としての体格にも恵まれ、漁夫として平穏な日々を送っているように見えて、芸術への想いがたぎり続けるがゆえに、自分が異質なものとして感じられる孤独。差別されたり、虐げられたりしているわけではないのに感じる疎外感。作品への感情移入となんとなく共感できる部分があったりすることから、読んでいて、すごく心がヒリヒリした。

淡々と、ものすごく静かな印象の小説なので、比較的派手な展開の物語を好む人には少し退屈に思えるかもしれないが、日本映画の「ドラマ」カテゴリに入るような作品が好きな人なら楽しめるのではないだろうか。それから、少しでも芸術に足を踏み入れたことがあり、かつ、芸術を取り巻く環境、お金とか生活とか、に苦悩を感じたことがある人には染み入る作品なのではないだろうか。

 

生れ出づる悩み』は、著作権が切れた、あるいは著作者が許諾した作品を公開しているサイト『青空文庫』に収録されている。紙媒体にこだわらない人は以下のURLから読むことができる。

www.aozora.gr.jp