こんにちは、齋藤吐夢です。
映画鑑賞が趣味の私は、新しい映画予告を見るだけで、非常に胸が高鳴ります。そんな私には、かつて苦手な映画ジャンルがありました。
それがドキュメンタリーです。
いわゆるノンフィクション、事実を淡々と伝える”だけ”の映画・・・だと思っていました。しかし、今から紹介する3本は絶対に外れません。
自信があります!
なぜならこの3本がきっかけで、私はまんまとドキュメンタリー映画の世界にどハマりしたのですから。
そんな外せない&外れがないおすすめのドキュメンタリー映画を3本ご紹介します!
目次
私がおすすめする厳選ドキュメンタリー映画3本
今回紹介するドキュメンタリー映画は、
- ドキュメンタリー初心者でも楽しめる
- 強いメッセージ性をひしひしと感じる
- 事実を真っ向から伝える
そんな映画3本です。
どれもドキュメンタリーらしい作品だと思っていますし、ドキュメンタリーらしいけれど、ドキュメンタリーアレルギーの人の症状が緩和される映画だとも思います笑。
それでは、どうぞ!!!
『クイーン・オブ・ベルサイユ』
★ドキュメンタリー初心者が入りやすい笑える映画★
「ただ笑えるだけではない」そんなストーリー展開なので、ドキュメンタリーを楽しみつつ、考えさせられること間違いなし!
以下、あらすじ
不動産ビジネスによって大富豪となった夫デヴィッド・シーゲルと元ミセスフロリダの妻ジャッキーは、アメリカでも最も大きい自宅を作るという野望を抱きベルサイユ宮殿を模倣した新居の建設に乗り出す。総工費100億円にも上る超豪邸建設は順調に進んでいたが、世界中が混乱に陥ったリーマンショックによって二人はばく大な負債を抱えてしまう。
笑えるほどの豪勢さ
無一文から億万長者へのし上がったいかにもアメリカンな富裕層夫婦が主役。
その豪快すぎる買い物の仕方や、美への追及、まさしくお金持ちといった豪勢な生活が覗ける展開は本当に笑えます。
奇想天外な生活風景は、庶民の私にとってフィクションでしか見られないような世界。手が届きません。
転落していく家族の姿
ただこの映画のタイトルは『クイーン・オブ・ベルサイユ 大富豪の華麗なる転落』。
事態はどんどん悪化していきます。その様子はドラマチックな転落人生劇なんかではなく、じわじわと堕ちていく家族の映像を淡々と見せられます。
もちろん彼らには大変失礼ですが、転落した姿も笑えます。「パンがなければケーキを食べればいいのに」と発言したかの王妃のような台詞が何度も飛び交います。
注目すべきは妻ジャッキーの姿
ただ、注目すべきは主役の一人である妻ジャッキーの凛々しい姿です。
彼女、全然めげません。
この夫婦は田舎者から富豪へと変貌を遂げた成り上がりです。でもジャッキーは元々芯の強い女性です。堕ちるところまで堕ちても、凛々しく生き残ろうとするジャッキーの姿に心打たれますよ。
『アクト・オブ・キリング』
★緊迫感のある映像。これぞ本気のドキュメンタリー映画★
人が人を殺す。
その現実に真正面から挑んだ映画に脱帽します。
以下、あらすじ
1960年代のインドネシアで行われていた大量虐殺。その実行者たちは100万近くもの人々を殺した身でありながら、現在に至るまで国民的英雄としてたたえられていた。そんな彼らに、どのように虐殺を行っていたのかを再演してもらうことに。まるで映画スターにでもなったかのように、カメラの前で殺人の様子を意気揚々と身振り手振りで説明し、再演していく男たち。だが、そうした異様な再演劇が彼らに思いがけない変化をもたらしていく。
虐殺の真実を知る
人を殺す。
そのような行動は一生したくないし、しないと誓っているけれども、毎日どこかで起きている殺人事件や戦争の報道が目に入る度に、その得体の知れない恐怖に怯えています。
この映画はインドネシアで起きた100万人の大虐殺を題材に、当時殺す側にいた人間にアポを撮り、あの時の様子を自身で再現しませんか?と呼びかけた異色の映画です。
加害者に”殺し”を再現させるという大胆すぎる発想。でもこの再演劇によって、虐殺の真実を私達は知ることになります。
加害者の変化
虐殺を行なった人達、いわば加害者は自分が行なった虐殺について話します。その場に被害者が映っていなくとも、どれだけ残酷な殺し方をしたのか伝わってきます。
何が恐ろしいって、加害者は殺しについて語る時、笑顔なんです。でも、そんな彼らは加害者ではなくヒーロー扱いされています。
ですが再演劇をやっていくうちに、彼らに変化が生じます。
虐殺を再現するうちに、人を殺す、その残酷さに気づく人が現れるのです。
この過程はあまりにも丁寧に描かれるため、私達はあわや加害者に素直な同情の念を持ちそうになります。でも彼らが人を殺した過去を変えることはできません。
本当の恐ろしさとは何か
では彼らをそうさせたのは誰なんでしょう。そうさせた人をそうさせたのは誰なんでしょう。何がきっかけで、こんな恐ろしい出来事が起きてしまったのか。
彼らの姿を観て、私達は考えることになります。
こんな史実を繰り返さないために、どうしなければならないのかを。
『いのちの食べかた』
★これぞ真正面からいのちに臨んだ映画★
食について考える良いきっかけになることでしょう。苦手な人は苦手かもしれない。命を奪う描写だから。
でも、食べる、命をいただくことを考える時、避けては通れないお話です。
以下、映画概要
誰もが毎日のように食べている大量の食品は、どのような過程をへて消費者の手に届くのか? 現代人の命を支えながらも、ほとんど知られていない食料生産の現場に密着。ベルトコンベヤーに注ぎ込まれるヒヨコの群れ、自動車工場のように無駄なく解体される牛など、大規模な機械化により生産・管理された現場の実態が映し出される。
いのちをいただくこと
小中学生の時、道徳の授業で”いのちをいただくこと”について学びました。
映画にも登場する”屠畜”という工程は、それを残酷な行為だと考える人がいるのも事実です。でも私はその道徳の授業をきっかけに、”いのちをいただくこと”に目を背けてはいけないんじゃないかと思うようになりました。
公開当初、映画の後半で登場するブタや牛の屠畜工程があまりにもショッキングだと話題になりました。
でもそれは、本当にショッキングなだけのものなのでしょうか。
淡々と現実が描かれる
この映画では、穀物や野菜、魚や肉が、育てられ、刈られ、振り分けられ、人が口にする食べ物の形になるまでを淡々と映し出す映画です。
台詞はありません。
作業風景と、その工場で働く人の食事風景だけが映し出されます。
効率的に作業が進められていく工程では、そのメカニックの鮮やかな動きにも目を奪われます。漁で得られた魚が次々に機械へ通され、機械によって腹を開き、内臓をとっていく動きは圧巻です。
ひよこやにわとりは巨大な機械によって半ば強制的に振り分けられ、性の選別の工程や肉になるための工程へ運ばれて生きます。葉物野菜も巨大な機械によって吸い取られるように刈られていきます。
あまりにもスピーディーに進められる食べ物になるまでの過程。
映画を観た私の結論
これを観た私の結論ですが、いただいた命の分だけしっかり生きなければ、と思いました。
私達は生きるために他の命をいただいていくしかありません。この映画を観て、残酷だから肉はもう食べない、という判断には至らなかった。
その代わり、奪われた命を無駄にしてはならない、と強く思ったのです。
ドキュメンタリー映画のすすめ
ドキュメンタリーという映画のジャンルには、全く演出がなされていないものもあれば、実は演出ありきの、少し脚色がかった映画も含まれています。
正直ドキュメンタリー映画をいくつか観てきた中で、その演出に憤慨したものもあります笑。でも、今回紹介した3本はドキュメンタリー初挑戦の人も、ドキュメンタリー慣れしている人も憤慨する・・・ってことにはならないと思う。
フィクションとは違った魅力のある映画です。
ドキュメンタリー沼、はまってみませんか笑。
では。
▲動画配信サービスは色々ありますが、シンプルに使い勝手が良かったです。
◆本日の一冊◆
私の中では”映画といえば町山さん”です笑。この本、面白いのです。