こんにちは、齋藤吐夢です。
この本の存在自体は少し前から知っていて、表題の作品の設定が「過激でいいなあ」なんて思っていたら、芥川賞を受賞された村田沙耶香さんの作品だと知って購入しました。『コンビニ人間』も読んでみないとなあ。
※ストーリーのネタバレはしませんが、設定の話をしますので、設定も知らず読みたいという方はこの先の文章を読まないことをおすすめします。
『殺人出産』
きっかけ
設定が目をひきました。新聞の広告に載っていた『殺人出産』の紹介文。「10年子供を産んだら、1人殺せる」。過激な世界で面白そうだな、と思いながらその時はまだ仕事のための本を読むことを優先していたので、購入せず。
けれど小説をまた読み始めようと思い立ったまさしくその日に、「待っていましたよ」とばかりに目に飛び込んできたのがこの本でした。
ストーリー
表題作「殺人出産」
“今から百年前、殺人は悪だった。10人産んだら、1人殺せる。命を奪う者が命を造る「殺人出産システム」で人口を保つ日本。会社員の育子には十代で「産み人」になった姉がいた。蝉の声が響く夏、姉の10人目の出産が迫る”
この世界の正義と常識とは
設定自体も十分面白いのですが、この物語の根底に描かれているのは「正義」や「常識」は突然覆るということなんじゃないかな、と。下手すると今の日本の社会に対しての警告を過激な設定を使って隠喩しているだけなんじゃないかな、と。
主人公の女性の周りにはこの世界の常識となった「産み人」の姉がいて、他に「産み人」の制度を廃止し、かつての出産の在り方に戻そうとする活動家のような女性がいて、この世界の常識が常識として受け入れられてから生まれた従妹がいて。
「この世界」への捉え方が違うからこそ、嚙み合わない。
これは恐怖かというと、これ自身が恐怖なわけではなくて、なんか、もう正す正さないの問題じゃなくて、「常識」を受け入れざるを得ないところまで来てしまったという事実に恐怖する。
「死に人」はまるで戦時中のよう
「産み人」がいるということは「死に人」がいて、「死に人」になった人は1ヵ月の猶予が与えられて、その後は全身麻酔をかけられて殺意を抱く「産み人」と二人っきりにされる。
産みだすものと死にいくものの扱いが、それこそ今の世界で見ている生と死とは真逆で、「死に人」のお葬式では全員が真っ白な服を着て、死んだ人を立派だったと盛大に見送る。
これはまるで戦時中の日本、兵隊さんを送りだす風景に近しいとも思った。
「死んでくれてありがとう」
どちらもこの世界軸では常識だった光景だ。
世界が突然変化するということ
戦時中の常識は戦争に負けてから一変したのと同じように、この『殺人出産』の世界軸の常識も「産み人」の存在が否定されていたはずなのに、受け入れられ、それをまた否定しようとする人が現れて、の繰り返しだ。
この世界の描き方は決してフィクションではないんだと思う。『殺人出産』の世界にはならない、と確証をもって言うことはできないし、現に誰も予想していなかったことが起きる世界なんて何度も何度も目撃しているようなものだ。
この小説の根底にあるものがリアルすぎて恐ろしいと思った。
他の短編もおすすめ
ただこんな感想を抱いておきながら、いい意味で、あくまでいい意味で村田沙耶香さんは変な人なんだろうな、って思った笑。他の短編も、言葉が浮かばないからそのまま書くけど結構狂っている笑。でも、すごく好き。
互いの価値観、常識、正義に相容れない時、
人はこんな風になってしまうんだな、と思える感情描写だ。
下手な道徳本より、良い
「正義」や「常識」の話は、難しい。
中学校の教育実習へ行った時、一番難しかったのは道徳の授業だ。もちろん道徳の授業を実際に教えてみたり、受けていた時に思った「ホントかよ」という疑念は、私がある程度大人になったから思ったことだ。あと、この小説を中学校の道徳の授業に使うのは危険すぎる。
ただ、道徳心に説くことを前提に書かれた本なんかより、この作品を読んで正しく議論した方が「正義」や「常識」への考え方は深まるんじゃないだろうか。一筋縄ではいかないこのストーリーこそ、人の本質を抉り出してくれる気がする。
いずれにせよ、奇々怪々ともいえる不思議な制度を設定した村田沙耶香さんのこの作品が面白いのは事実です。女性の脳みそって、奥底は皆こんな感じなのかもしれないしね。
では。
◆本日の一冊◆