「仕事やめたい」とか「もう疲れた」って人へ。まずは”心身ともに健康”を心がけてほしい。

こんにちは、齋藤吐夢です。

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「仕事やめたい」とか「もう疲れた」と言いながらなかなかやめない人がいたり、休みを取ろうとしない人がいるのは知っている。

 

やめたきゃやめればいいし、疲れたなら休めばいいのに、ただそれだけのことなのに、と思うのが私の本音である。

 

でも、「やめたい」「疲れた」から先のことをどうするか決めるのは私の仕事じゃないから口出しできない。

 

だけど。

 

”心身ともに健康に”だけはやっぱり伝えたいのだわ

 

 

”心身ともに健康に”は基本

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”心身ともに健康”というのは、私の中では当たり前のことになっている。

 

とはいえ私自身がその当たり前を当たり前のこととして守れているかというと自信はない(!?)。正直言ってまだまだ不健康な状態を続けてしまうことがある。

 

でも今の私は、過去の私が存分に心身をぶっ壊したことを知っているからこそ、この不健康な状態でいる時は「いつかツケが回ってくる・・・」と常に覚悟している

 

体の健康は当たり前

最も当たり前なのは、体の健康であり、それは例えば風邪とか食あたりとか頭痛とか二日酔いをひっくるめて注意しなきゃいけない。

 

体は、調子が悪ければ分かりやすく症状に出るから、どうしたら健康な状態を維持できるかを理解しやすい。

 

だから体の健康は整えやすいと思う。

 

それほどシンプルなまでに理解しやすいからこそ、本来であれば風邪も引かない超・健康ボディを全ての人が持っていてもおかしくないんじゃないの?と思う。

 

が、そうもうまくいかない理由に”心”がひっかかってくる

 

心の健康はもっと重要視しよう

「病は気から」という有名な言葉がある。

 

私はこの言葉が本当なのだということを、自身が病気になって知った。頑張りすぎて神経痛になった場所に”がん”が広がっていたからだ。正直、笑った(苦笑ね)

 

心の健康は分かりづらい

 

心のSOSを出すのも自分なら、SOSを汲み取るのも、はね除けるのも自分自身だから分かりづらい。心のSOSに気づいてるのに、気づいてないフリが容易にできる

 

その声を無視しすぎると、心がとうとう最終手段として体の症状としてSOSを出してくる。こうなると実は、体の健康を治すのも一苦労となる。

 

心が万全にならない限り、敏感に体の症状が現れてしまうからだ。

 

だから体にSOSが出る前から、心の健康を重要視すべきだと思う。

 

自分の体なのだから

体はもとより、心の健康を重視すべきだと思うのは何と言っても「自分の体だから」だ。

 

自分の身を自分が守らなくてどうする

 

「他人は誰も自身以外に興味なんてない」と私は思っているからこそ、自分を守れるのは自分しかいない。自分が出したSOSに自分が答えてあげなくてどうする!?と思う。

 

「仕事やめたい」「もう疲れた」の先の判断については、どうでもいいと思っている、私は。私の話じゃないんだもの、あなたの話だもの。

 

心をいじめまくれば、そのうち体のSOSによって「やめたい」「疲れた」の先が叶うかもしれない。会社をやめれるかもしれないし、休めるかもしれない。

 

でもその代償はでかい。

 

辞めれるだろうけど、やりたいこともできなくなるかもしれない(関連記事参照)。疲れたから休もうと思って自殺を選ぶ人だって少なくない。それはやっぱりリスクがでかすぎると思う。

 

なら、そう思った時点でやめてみる、休んでみるが良いと思うし、健康のことを考えて一度歩みを止めてほしい

 

関連記事

”がん闘病記”ではなく、がん治療終了後に何もかもイヤになった話と今について。 

うつ状態がどんな状態か、まだ知らずに済んでいる君へ。”何もかもできない”つらさを教えてあげる。

 

私が退職する前の話

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”心身ともに健康に”を口を酸っぱくして言い続けるには理由があって、私みたいに”心身ともに健康に”が叶わなかった人にへこたれてほしくないのだ

 

ちょっと私が退職する前の思い出話、させてくださいな。

 

先輩代表として登壇した時のこと

他の会社でこんなことやっているのか分かりませんが、私が勤めていた会社では入社式で先輩社員代表が式辞を読むことになってた。

 

同期の中で最も年長だった私は代表に選抜。

 

しかし基本的には人事部の方で文章が決まっていて、言うことはほぼ決まってました。(決まった文を読むだけなら時間の無駄だと思う。だから早くこんな文化がなくなればいいのにな)

 

そしてその内容は、”心身ともに健康”からは遠い「会社に尽くせよ、顧客に尽くせよ」的な文章だった(忠誠を誓えと言われているようで気持ち悪く感じた影響で若干誇張されていますw)

 

その時の私は「夏にはこの会社を辞めよう・・・」と思っていた時期だったので、この定型文に反抗。3段落で構成された全ての文章を1から考え、全て書き直しました。 

 

「会社のため」ではなく「自分の人生のため」に働いてほしいと書きました。

 

”心身ともに健康に”いてほしかった

自分の人生のために・・・そう言った理由には心身ともに健康でいてほしいからです、新入社員に。注目すべきはやっぱり"心"の部分。

 

自分の人生なのだから悔いのないように生きてほしい

 

働くことに対する価値観は人それぞれなので、私が「気持ち悪い」と思ってしまった「忠誠せよ」的な文章も、人によっては心地いいのかもしれない。

 

でもそうであろうとなかろうと、”心身ともに健康”であってはならない・・・なんてことがあってはならないと思った!

 

会社の中には、働くことで精神的にストレスを抱えている人もやっぱりいて。

 

もちろん働くことこそがストレス解消みたいな人もいましたが、わざわざ不健康になるため、働くのはおかしい。誰だって”心身ともに健康”であることは必要だと思うんだ。

 

基本的な部分だけでも大切に

「仕事は結局やめない」とか「疲れたけどまだ頑張る」とか、そういう決意は別にあなた自身が決めたことだから一向に構いやしないんだけど、基本的な部分は大切にしてほしい。

 

結局、不健康より健康の方が良いに決まっているのだ。

 

だったら健康でいるためにどうしたらいいか考え、不健康になっている原因があればそれをやめればいいと思う。

 

不健康のままで構わないって人もいるだろうし、それを言われたら私だってもう何も伝えられなくなりそうだ。でも、そうなった場合には次にこれだけ伝える。

 

後悔だけはすんなよ!

では。

 

◆本日の一冊◆

建前が健康を害しているなら、本音で生きるのはどう?