”がん闘病記”ではなく、がん治療終了後に何もかもイヤになった話と今について。

こんにちは、齋藤吐夢です(↓本人です)

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2017年現在、私は26歳です。

 

私は20歳のとき、血液のがんである悪性リンパ腫にかかりました悪性リンパ腫にはホジキン、非ホジキンと2分類されるのですが、そのどちらも併発していました。

 

ステージはIVでした。がんのステージはI〜IVまであります。

 

私は無事寛解(がんの発生が見られない状態)しましたが、苦しかったのはその後です。私は20歳〜25歳までの5年間が本当につらかった。

 

 

私ががんの話をする理由

まずちょっと長くなってしまいますが、私ががんの話をする理由をお話させてください。

 

「がんの話なんて気分が重くなるからやめてくれ!」と気を悪くされる方も中にはいるようですね。それでも私は自分の経験を話し続けようと決めました

 

なぜなら私には”経験”があります。

 

そのため、「病気について知りたい」という素直な気持ちに答えることができます

 

「知りたい」は悪いことじゃないから

私ががんになった後に出会った人の中に、こんな人がいました。

 

「自分が病気になったことはないけれど、身近な人に大きな病気を経験した人がいる。素直に興味があるし、自分の”健康”のためにも知りたいが、なかなか教えてほしいとは言いづらい」

 

確かに闘病中の私には、直球の質問に答える余裕はありませんでした。でも病気について聞きたい気持ちは分からなくもないし、知りたいと思うことは悪いことじゃないと思っています。

 

聞きづらいことを伝えられる人になりたい

私は自分が”がん”という経験をし、今では普通に生活できているからこそ、その「知りたい」という思いに答えられるのではないかと考えています。

 

例えば

  • 抗がん剤はどうつらかったのか
  • どんな体の変化が起こるのか
  • 通院しながら仕事や勉学は励めるのか

といった疑問は、みんなが気になることのひとつなんじゃないかと思います。

 

みんなが”がん”に対して思う不安や疑問に、私は答えることができる。

 

だからもし「知りたいけど聞いていいのかな・・・?」と思っている人がいれば聞いてほしい

 

それが聞いてくれた人の”心身の健康”につながるなら、私はガンガン話しますし答えます。

 

がん発覚から治療中のお話 

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まずは私にとっても衝撃的だった、がん発覚からお話します。このがんの宣告で、決心した夢を粉々に打ち砕かれた気分になりました。

 

悪性リンパ腫になる

20歳、大学3年生の春のことです。

 

大学で行なわれた健康診断で呼び出しをくらいました。理由は、レントゲン検査に異常があったから。

 

精密検査を受けてくださいと手渡された小さなレントゲン写真には、すでに素人目でも分かるくらいの影が、胸の真ん中に写っていました。

 

地元の病院で検査を受け、あれよあれよという間にがん専門の病院へ検査が進んでいきました。病気の名前は悪性リンパ腫だと言われました。

 

お医者様には「再発しやすいが治りやすい」と言われました。若いから治るよ!と励まされましたが、この日から私は”再発”の2文字に踊らされることになります

 

抗がん剤のツラさは本物!

映画やドラマの世界さながら、抗がん剤のツラさはまさに地獄。地味〜にイヤな気分を味わい続ける羽目になりました。

 

毎日毎日吐き気とだるさに襲われ、それがやっと落ち着いたかと思うと口内炎に襲われ、食事の味は分かりません。

 

抗がん剤で血圧が下がってしまうため、血圧を上げる薬を受け取ったのですが、その数なんと1日19錠。そしてアホみたいに苦い。

 

で、1週間後にはまた抗がん剤

 

抗がん剤がつらすぎた結果、点滴が終わったことを知らせる音を聞いたり、ATC抗がん剤外来点滴室)に漂うハーブの香りを嗅ぐだけで「おえっ」となるようになってしまいました笑。

 

「最後までできなかった」という呪い

がんが発覚するまで、私は大学で演劇研究部に所属していました。

 

演劇は私が小さな頃から憧れていた世界で、がんが発覚する直前、「働きながらフリーで役者をやる!」と決心していました。

 

がんの発覚は、演劇研究部で行なわれる定期公演の脚本・演出に抜擢された直後の出来事でした。公演期間と入院期間がかぶり、稽古後半は友人に演出を託しました。

 

私は「やりたかったことが最後までできなかった」ということに呪われます。

 

この呪いは、私が大学院を卒業するまで、ずーっと私にまとわり続けます。

 

がん治療終了後、何もかもイヤになる

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抗がん剤の治療は通院して受けることができます。

 

そのため「演劇研究部で役者として活動できる!」と思い込んでいました。でも当たり前ですが、友人や先輩は私の体を心配します。

 

でもその当たり前とも言える”優しさ”が、私を苦しめていきました

 

思うように活動できなくなる

抗がん剤治療は通院で受けることができますが、通院で治療可能だからと言って、身体的にラクになれる訳ではありません。つらさは変わりません

 

私は「抗がん剤治療中も、役者として舞台に立ちたい!」と考えていましたが、体は思うように動きません。吐き気はするし、体力も奪われる。

 

見かねた先輩方が「治療に専念しろ」と言ってくれましたが、それを受け入れることができませんでした。

 

”健康な人”ではもうないんだ

「1度”がん”を経験してしまった以上、私は健康な人ではない」

 

少し極端すぎる考えかもしれませんが、治療が終わった後、思ったことです。私は「1度”がん”を経験した人」という肩書きを背負っているのだと思います。

 

今でこそ、このことを「人のために役立てよう!」と決心していますが、この決心に至るまではこのことをずっと”呪い”だと思っていました。

 

いつか再発するかもしれない不安はこれからも続きます。

 

前回の定期検診で、5年生存率(診断から5年後に生存している患者の比率)は容易に突破していると言われましたが、「完治」だと安心できるまでには後5年必要です

 

せめて普通でいようと思い、失敗

思うように演劇と関われなくなった私は、その後進学の道を進みますが”再発”の不安は拭えないままでした。再発の不安や研究について負が蓄積し、心を病みました。

 

せめて普通でいようと思い、心療内科で診断を受け、薬物療法を受けました。無事に就職も終えましたが、そこでも仕事の在り方や人間関係で悩み、心のバランスを崩します。

 

関連記事:ブログ『真面目でなぜ悪い』について。はじめまして、齋藤吐夢と申します。

 

”健康な人”でもなければ普通に生きることも叶わず、そのうえ診断後から5年経った時、再発疑惑が浮上します。

 

なんだかしょうもない5年を生きてしまった。

 

せっかく治ったのに。


治療を終えてからが一番ツラかった

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肉体的なツラさで言えば、抗がん剤治療を受けている時が一番ツラかったです。放射線治療は毎日通う必要があったので、精神的にツラかった笑。

 

でも本当に一番ツラかったのは、がんの治療を終えてから。

 

”がん”と一生付き合っていかなければならない覚悟がつくまでの5年間がツラかった

 

身近にがん仲間がいる訳でもありません。家族で悪性リンパ腫を経験した人はいません。抗がん剤放射線あるあるなんて話せません。「つらい」と言う前に「大丈夫?」と言われて「大丈夫だよ」と言ってしまいます。

 

私自身が、「私はがんになったことがあるけど、人は死ぬときゃ死ぬし、がんになったのも治ったのもたまたまだ」と思い切れるまで、ずっとモヤモヤしっぱなしでした。

 

「悲観的になりすぎだ」と言われたこともあります。

 

でも宣告されて楽観的でいられる人の方が圧倒的に少ないと思う。

 

今でも容易に思い出すことができるのは、病院の匂い、治療の心地悪さ、免疫力を上げるための皮下注射の地味な痛み、握れるほどに抜ける髪の毛の量、などなど。

 

良い思い出なんて正直ひとつもありませんが、これがあるから今の私がいるとすれば、感謝はせずとも”認めなければいけない”過去なのでしょう。

 

冒頭でも述べましたが、がんについて聞きたいこと、知りたいことがあれば気軽に聞いてください。

 

お医者様ではないから専門的な知識はありませんし、治療法も人によって合う合わないがありますから、治療法をオススメすることもありません。

 

でも、リアルな体験談ならいくらでもお話します。

では。

 

◆本日の一冊+α◆

私が読んでいてホッとした本や「分かる!」と思った本をご紹介。

 

1つ目がコレ。精神的にラクになりました。

 

2つ目は、闘病に対する心理描写がリアルで好感がもてました。

 

最後にコチラ。なんやかんや大事なので!