気がついたら老いていて、気がついたら死んでいる。それが理想の生き方。

こんにちは、齋藤吐夢です。

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今日道行く人の中に、すてきなご老人がいた。彼のTシャツには、クレヨンで描かれたようなイラストに「SLOW LIFE」と書かれていた。

もちろん彼自身がそのTシャツを選んだ本人かどうかは定かではないが、それでもそのご老人の雰囲気と「SLOW LIFE」という文字はぴったりだった。

 

目次

 

理想の生き方とは

”理想の生き方”という言葉は、きっと生きていれば一度は耳にするだろうし、なんとなく口にしている言葉かもしれない。それぐらい、人はこれを追い求めている。

 

けれど理想の生き方そのものに正解はない

 

だから、追い求めている人がそれそのものを求めて解答を得ようとしても、そう簡単に手に入るものではない。

むしろこの世の中には理想の生き方をかたどった”偽物”がはびこっていて、人それぞれ理想なんて違うはずなのに、その”偽物”は偽物の理想をちらつかせて人を釣る。

 

理想の生き方とは、と題をつけたけど、実際には自分自身が生き方を選ばなきゃならないし、道筋もつくらなきゃならない

どんなにクリエイティブな感性がない人でも、生きることそのものは、一度は経験することになる「0から1をつくる仕事」とも言える。

 

気づいたら老いてるが理想

これは私のブログなので、”私の”理想の生き方を語らせていただく。

もちろん私の生き方を真似してほしいとは微塵も思わないけれど、道筋をつくる参考例となればそれはとても嬉しい。

 

私の理想の生き方は、「気がついたら老いていて、気がついたら死んでいる」である。

 

生きている間に成すべきことなどはあえて道筋に置いていない。ただ「生きている間にやりたいことをやっていたら年を取っていた」、そんな人生でありたいのだ。

 

好きな事へ打ち込む時間のような

何か好きなことに取り組むと、時間の進みが早いことが往々にしてある。それは私にとって、楽しいことをやる時間が減ることでもあるから切ない。でも同時に嬉しい。

 

時間を忘れるほど好きなこと、それが存在するのはすばらしいことだ。

 

人生もそうでありたいと思う。気がついたら30歳なんてとうに超えていて、平均寿命まであっという間、それが理想である。

 

気づいたら死んでいたい

ついでに言えば、気づいたらこの世からいなくなっていた、が最高の理想系だ。全うした!と思える死に方は、やっぱり老衰なんじゃないかとも思うが、病気になるのは仕方ない

病気になって苦しむことがあってもいいから、とりあえずやりたいことをやる人生でぬるっと老いて、ぬるっと死んでしまいたいのだ。

 

人生をぬるぬる進めて死にたい

 

「ボーン・トゥ・ダイ」である

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死ぬために生きる、という表現も嬉しいか嬉しくないかで言えば、多分嬉しくないと回答する人の方が多いと思うのだが、恐らく実際そんなものなのだろう。

生命の誕生も、死ぬという意味も、調べて答えが分かればそれはそれで楽しいだろうが、どれも全部たまたまそうなっちゃっただけな気がしてならない。

 

なら、ボーン・トゥ・ダイでも構わないと思う。

 

人生、ぬるぬる。気づいたら老いて、死ぬ。なんだかそれでいいんじゃないかと。むしろ至高の贅沢品なんじゃないかと。生きて死ぬ、ただそれだけのことがもう贅沢

 

これを書こうと思ったきっかけは、出会ったこともない他人の着ていた「SLOW LIFE」のTシャツに過ぎないけれど、そういう人生で私は十分幸せを感じられる。

 

それを伝えたかった。

ね、ただ生きるだけでもいいんだよ、ってね。

 

では。

 

◆本日の一冊◆

九十歳。何がめでたい」の著者ですね。痛快な書き口がたまりません。