「嫌い」は必ず存在する。負の感情は力強いけど、上手に使えば全否定する必要はない。

こんにちは、齋藤吐夢です。

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世の中には、絶対に相容れない人間ってのがいて。

もちろん人それぞれ違うとは思うけれども、相容れないのが分かっているなら、できる限り関わりたくない

でもそういう時に限ってすっげー身近に存在してたり、出くわしちゃったりするわけで。

 

「嫌い」は必ず存在する

世の中に絶対に存在する。負の感情がなくなることなんて絶対にないと思う。

 

もちろん「好き嫌いなく」ってできたら良いな、と思う。例えば私の夫は「好き嫌いなんてかっこ悪い」と自分には好き嫌いがないことをアピールしている。

けれど、彼は無意識らしいのだけれども、はっきり「嫌い」と発言したり嫌なことはあるみたいだ(指摘すると怒られる笑)。それを見ていると「嫌い」は捨てられないと思ってしまう。

 

学生の頃、私を嫌う人間がいたことは知っている。私もそんな風に思われることは嫌だったし、傷ついたから嫌いになった。

負の連鎖って嫌だけど、私もその連鎖に溶け込んでいた。それがまた嫌になる、の連鎖。なんだかなあと思う。

 

負の感情の力強さ

 

ただ負の感情は時として正の感情より力強い

 

ブロガーや芸人の炎上を見ると、圧倒される。インターネット上である人を検索した時、その人を批判・攻撃する文章が上位に上がっていて、それが上から下まで全部その人を否定する記事だった。

 

あっけにとられて声がでない。負の力ってすごすぎる。

 

演劇研究部の練習にも、喜怒哀楽を表現する練習があったけれど、表現しやすい力強さがあるのは「怒」と「哀」だった。「喜」と「楽」はやりにくいし、分かりづらかった。

 

負の感情の力強さは、その分かりやすさが起因しているのかもしれない。

 

負の力は諸刃の剣

力強い負の感情を使って、自分を鼓舞することもできる。「なにくそ!」「負けてたまるか!」は正の感情というよりは、負の感情から生まれていると思う。

 

ただその力が時には強大すぎて、相手をとことん傷つけるだけで、人のためには少しもならないことがある。他人の心を傷つける負の連鎖につながるし、自分が傷つく時もあるだろう。

自己中心的な感情になりかねない。巻き込まれた周りも決して心地良くはないだろう。一度負をまとってしまったら、元に戻るのは難しいのかもしれない。

 

負の感情の悪い使い方

どういう人生を歩んできたのかは知らないけれど、この間区役所で朝っぱらから、それこそ朝八時半の一番早い時間から、一人のおじさまが罵声を浴びせていた。

もしあの怒りが、負の感情が、彼の出した罵声が、原子力発電ばりに国のエネルギーとなるのなら、大活用したいものだけれどそんなことはできない

 

職員の案内も悪かったのかもしれないが、罵声を浴びせられた職員は朝っぱらから頭を下げ、しょんぼりした気持ちになっただろう。

加えて関係ない人達は、本当に全く関係のない罵声を延々待ち時間に聞く羽目になってげんなりしていただろうし、日本語に慣れていないであろう外国の方が怯えた顔で端っこに座っていたのは、私のせいではないのに申し訳なかった。

 

彼は「自分は悪くない!」と職員に罵声を浴びせれば浴びせるほど、周りの人間が自分から遠のいていくことに気が付かないのだろう。

そして他人から勝手に「哀れな人だ」と思われていることに気が付けない、彼自身も実は他人から傷つけられているということに気がつけない。これって結構悲しい。

 

「嫌い」の上手な使い方

しかし「嫌い」などといった負の感情は上手に使えば全否定する必要はない

 

「好き」の反対は「嫌い」ではなく、「無関心」と聞いたことがある。

 

たたかれ、どなられ、けちょんけちょんにけなされているうちは、まだまだ関心があるという証拠だ。それよか無関心の方がよっぽど怖い。

 

負のパワーは大いに人を傷つける。けれど他人から「嫌い」と指摘されることほど勉強になるものもないと思う。負の感情を伝えられたら、ある意味感謝すべきだとも思う。

 

「嫌い」を「好き」に変えるための余力がまだあるということなのだから。

 

それよか「無関心」が怖い。「どっちでもいい」「誰でもいい」「なんでもいい」と感情や考えそのものを放棄される方がよっぽど怖い

 

負の感情を向けられたら、自分や自分の周りで起きていることを見直すチャンスだと思う。「悔しい」「悲しい」「腹立たしい」を利用すれば、自分の力をより高めることができると思う。 

 

負の感情そのものを否定する必要はなくて、見極めるのが大事だ。「嫌い」は絶対存在するから、そのものを避けようとしてもあまり意味がない。

では。

 

◆本日の一冊◆

「嫌い」に耐えきれなくなった時は。