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死にたい周期が1つの個性と化してしまった。それでもやっぱり死にたいし、生きたい。

こんにちは、齋藤吐夢です。

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死にたい周期個性と化しています

でも自分は本当に臆病者なので、自殺する勇気がありません。

 

死にたい周期がやってきた!

とりあえず、一応は色々と「死にたくなる」きっかけは存在しているはずですが、ふとした瞬間に「ああ、死にたい」「ああ、消えたい」「生きたくない」と思う瞬間が訪れます。

もちろんその逆で、突如として「死にたくない」「死ぬのが怖い!」という感情に襲われてパニックになることもあります

 

いずれにせよ、普段外を出歩いている時は表情に出さないようにしていますが、この周期が訪れると、脳内モノローグは「死にたい」でいっぱいです笑。

 

「死にたい」で生かされている?

ただ、「死にたいからこそ、生きているのかもしれないなあ」と思うことしばしば。

 

「死にたい」と強く思っている今があるからこそ、皮肉にも生きている実感が得られるのであって。

 

これは全然、自分の心身の健康に結ぶ付くポジティブワードとは到底思えないけれど、死にたい周期が来るからこそ全力で死から抗おうとしているのかもしれない。

 

こう思ったのは、やっぱり抗がん剤治療を終えた後の髪の毛の生えっぷりがものすごかったから笑。私を構成している細胞は「生きたい」んだなあ、と実感したのです。死にたくなるほどつらい思いをしたくせに笑。

 

不安を抱えながら生きるのが疲れる

でもやっぱり「訳のわからない体調不良」や「謎のしこり」「再発疑惑」みたいな、不安を抱えながら生きていくのは正直言って疲れる

 

生きることを考えると、「生きるのってつれえ!」が一番先頭で頭に浮かんでしまう。

 

医療の進歩もあるし、結局私が「生きたがった」せいで、めちゃめちゃ元気なのは事実で。でもその分常に「そうか、人はいつ死ぬか、病気になるか、分からないんだなあ」感がつきまとうようになったから、楽になんかならなかった

 

だから自殺者を一概に責めることができなくて、それはそれでつらい。自殺を止めたい気持ちと羨む気持ちが一緒くたに襲ってくるからつらい。

 

やっぱりそれでも生きたくて

「死にたいは、死にたくなるほど変わりたいの略」なんていう言葉を見かけたことがあるけど、私の「死にたい」は多分ただの精神安定剤で、本気で死にたい人には失礼だし、生きるのが楽しい人から見ればイライラすることくらい分かっているつもりだ。

 

それでも「死にたい」想いが収まらないし、死にたい周期は毎月やってくる。痛いのは嫌いつらいのも嫌いなのに死にたいどれだけ都合の良い言葉かは理解している

 

痛みに耐える勇気がないから死なずに済んでいる。これはやっぱり生きたいってことなんだろうし。

ただ、逆にこの”勇気さえ得られればいつ何時でも死ねる”という安心感が、私を安定させているのも事実で。

 

奇怪だけど死にたい周期にはそれなりに感謝している。 

では。

 

◆本日の死にたい◆

死にたい系の本(?)で面白かったものをご紹介。

まず1つ目は『死ぬ気まんまん』。

 

ホスピスでの出来事やら、間違いなく死が近づいているはずなのに悪態をつきまくる佐野洋子さんが愛おしい一冊です。

 

2冊目が『死にカタログ』。これは、絵柄が可愛い上に、割と真剣に様々な観点から死を取り上げていて、とりあえずニュートラルに死を捉えることができるので、おすすめです。 

 

最後に紹介するのは超パンクでしょーもなかったので、『死にたい老人』です。生きていても何もないから、断食して餓死に挑戦するおじいさんの記録です笑。これは逆に死ぬのも大変だなあ、と思えるし、死にたい(けど実は生きたい)を感じられる1冊。 

 

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