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共感力に絶望する。共感は、自分を壊す原因にもなりうる。共感力のない人は、その自覚すらないし。

こんにちは、齋藤吐夢です。

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今、絶賛、家族について大悩み中です。私の家族ならまだ全然良いのだけれど、夫の家族の話に深く関わらなければならないのが厄介で、厄介で笑。

「それが結婚だから」と一回夫や私の両親に言われましたが、あの時「じゃあ結婚しなきゃ良かった」と言い放って、猛烈に驚かれた(結婚後1ヶ月で発言)。そりゃそうか。

 

私が何よりも嫌なのは、自分が持っている「共感力」で。これが他人の役に立っていると感じることもあるけど、大体は私の心を毎日少しずつえぐっていく原因でもあって厄介だ。

 

共感力など要らない

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正直私の激しすぎる「共感力」は放棄できるなら一番放棄したい能力だと思っている。

もちろんこれが私を私たらしめる確固たる特徴なのは分かっているし、これのおかげで接客業は抜群に得意だ。

 

でも、要らない。

 

コトの発端は

今次に住まう家について議論が発生しているのだけれど(引っ越したの12月なのに!)、夫の家族の意図が私には丸見えで、それでいて夫の意思も汲み取れる私にとって、完全な板挟みで苦しい

しかも夫と夫の家族は互いの意図を全然汲み取れていないから、全然関係のない私だけが双方を理解していて、それがまた難儀さを増す。

だって結局意見を言い合えるのは彼ら”家族”なのであって、所詮”他人”な私は口出ししたところで角が立つのだから

 

ということで昨日から悶々と悩んでいる。正直言って、私の家族とも夫の家族とも離れたところで暮らしたいんですけど、と思う笑。

 

KYならどんなに楽か

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一昔前にKYという言葉があって「空気読めない」の略だったけど、結局気を病まずに済むのはKYばかりで、空気が読めて良いことあるのか?と思うことしばしば。

いや、もちろん波風立たせないためにはKY”ではない”人の方がいいだろう。でもずっと空気を読み続けることは、人によっては自分ばかりが消耗する大原因になるから不安でならない。

 

不安の対象というのは「病気になる」ということだ。

多分私の夫はKYだ。私の父もKY。私の母は空気を読みすぎ。娘の私は父の血を少しもらっているからこそ、空気を読めるがあえて読まないなんてことならした(性悪)。

そこで、結果論ではあるけれど、精神面全てがつながる話とも思わないけど、夫と父は健康そのもので、私と母は病気持ちだ

 

これが何だか皮肉に思えて仕方が無い。

 

が、病は気からマジな話だ。

 

マジな話。私は、ストレスの原因となる職場から離れた瞬間に元気そのものだ。それは嬉しいと同時にやっぱり皮肉だなあ、とも思う。

気遣いまくって病気になって、人との接触を絶ったら元気になるってさみしすぎない笑?!

 

気を遣えば遣うほど

相手への気を遣えば遣うほどに、自分ばかりが消耗する。この使い方を間違えた「共感力」本当に厄介でならない

 

でも性分として染み付いているから、見知らぬ他人ですら共感してしまう。

 

「多分今私の近くで歩いている人は、私の速度を遅いと感じているから端に避けよう」そう思って避けると、「マジ邪魔だったよ」と言わんばかりの勢いで駆けていく他人。

「席譲ってほしいんですけど」プレッシャーとか、「ちょっとお尋ねしたいんですけど」オーラとか、分かるけど無視することがある。申し訳ないけど、その対応でしっかり疲れるから。

 

でも本当だったら

気づきたくもないんだ。

気づくだけで疲れているから。

 

皮肉なことに

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会社に勤めていた時にも思ったけど、皮肉なことに「共感力のない人」共感力どころか自覚すらないから、恐ろしいなと思う。

セクハラ・パワハラ講習を会社で受けた時、セクハラ・パワハラの事例を見た瞬間に声をあげて笑ったのがセクハラ・パワハラで会社から目をつけられているおっさんだった時に恐怖だった。

 

結局共感できる側が、気を遣うことで自分の身を守らないとハラスメントの解決につながらないのだと絶望した。

あのおっさんはきっと今も自覚せぬままガンガンハラスメント街道を突っ走っているのだろうと思う。

 

天然の人が自覚していないのは可愛いのに、KYや共感力の無い人の自覚の無さが恐怖なのは何故だろう。やっぱりそれは他人への害の大きさなんかな。

皮肉なことに自覚がない人の存在をまた私が理解しているから、気をもみまくりで。

 

唯一精神面の気遣い全てを放棄できるのが、何もできなくなる鬱の時とひどい生理痛の時だけって虚しすぎない笑?!

 

なんて思ったりして。

ふぅーう、”他人”って悲しいけど楽だったんだな。虚しいな。

では。

 

◆本日の一冊◆

 ”他人を平気で”って言う部分の自覚が、迷惑な人達にはない。

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