【失敗談】やれるに越したことはないけど、続かないってことはやる気がないってことでもあって。

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こんにちは、齋藤吐夢です。

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私には手を出したのに続かなかったものがありまして。それはもう、大量にありまして。恥ずかしいほどにありまして。

しかも性格上、人にそれを逐一報告しなければ気が済まないたちでありまして。私、今、こんなことやってるアピールしたがり屋さんでありまして。

 

でも続かないってことは、それ相応に恥ずかしいものでもありまして。

 

やれるに越したことはない

もちろん手を出したのに続かなかったものは、それなりに「やれるに越したことはない」ものであって。それは例えば以下で紹介するプログラミングやら手芸やら。

それだけに限らず、生きていく上で本当に必要ないものなんてないんじゃないかと思う。・・・いや、ギャンブルとかは別に必要はないかな。でも、それらも人の心を楽しませるというジャンルでは必要あるものかもしれない。

 

そんな「やれるに越したことはない」ものだからこそ、手を出したわけだけど、それが「本心からやりたいもの」とは限らない

 

むしろ「本心からやりたいもの」は「やらなくても生きていけるもの」だったりするから厄介だ。

 

続かないってことは

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が、しかし続かないということは、やっぱり「やりたくないこと」「やる気が出ないもの」ということであって。

だから、やっぱり「諦めるな!」とか「継続は力なり」という言葉は、確かに大事な言葉ではあるけれども、本人のやる気次第とも言えるのだ。

 

やる気のない人に続けさせるのは、本当に労力がかかるし、それが私みたいに一個人が勝手に始めて、一個人が勝手に終わらせる趣味みたいなもんならいいが、仕事ならなおさら苦労する。

 

向き不向きを補い合えるからこそ、組織があるんじゃないのかしら。やる気のない人にやる気の出ないこと指しても生産性悪いんじゃないかしら、なんて思うけど、その話はまたいつか。

 

例:プログラミング

私が全然続けられなかったことをお教えします、赤裸々にね。一度書きましたが、プログラミング、続きませんでした。

でも嫌いじゃないんです。むしろ楽しいんです、いじくるの。でも続かなかった。教室での出来事もありますが、私の中で優先順位が低かったのです。

 

やれるに越したことはない、という動機で始めたからこそ、今必要としていない状態になってしまって手が出ない。そのうえ、今は書く・描くを主流でやっていてプログラミングまで手が回らない、そんな状況です。かっこわる。

 

▼過去記事はこちら

【失敗談】プログラミングスクールにお金払って、失敗するのはこういう人。

 

例:手芸

手芸は心が病んでいるときに始めました。これはもう「やれるに越したことはない」の「やれる」の領域に入ったからこそ手放しました

というか、誰だって手芸はできる。が、めんどくさいだけです(最悪)。あと・・・本当にいつでもできるからこそ、今やる必要がないと手放してしまった。

 

これ、やる時間に、「文字書いてたい、絵描いてたい」が原因ですな。今日私の部屋の押し入れに全て閉まってしまいました。また病んだら復活させます笑。

 

例:主婦

これもまたねえ、結婚して直後は意気揚々と「わたしの主婦道!」だなんて名付けて頑張っていたのだけれど、まあ、色々心境が変わりまして。

 

主婦である必要はない、と思った。

 

結婚したから、突然全ての人との関わりが変わるのが、とっても嫌だったので(これもいつか書きたい)わざわざ自分を良妻賢母に追いやる必要はないと思った。

 

だから主婦は全然続いてない。躁鬱のせいもあるけど、家事なんにもしない日だって存在する。そしてこういう日は、マジでニート笑。

 

見極めるために「まずやる」

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ただね。この失敗談に収穫があるとすれば、続かなかったという失敗知ることができた、ということにある。私は多分こういうのは向いていないんだ、と認識することができるのは失敗のおかげなの。

 

それは間違いない。

 

だから失敗すること恐れて何もしない、ってのが本当に失敗中の失敗だということが経験上ありありと分かる。

確かに失敗してお金損したり、もったいなかったかな、と後悔しないわけじゃないけど、失敗しなかったら「もう二度とやらねえ」なんて意志持てない。

 

続かないってことはやる気がないってことであって。でも、それでもいいじゃないか、って思うわけであって。

 

だって、それが分かったのが1つ大きな成功なのであって

では。

 

◆本日の一冊◆

講演会へ行ったことがあるけれど、彼もまずは「手をつける」ところから始めると言う