躁鬱の症状に悩む人は、気を遣う必要のない友人と会話してみると良い。

こんにちは、齋藤吐夢です。

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私は双極性障害Ⅱ型と診断されましたが、薬物療法も受けてないし、症状、野放し状態です笑。

しかし、それでいいや、と私自身が思えた理由には、この障害があくまで私個人の特徴の1つであると思えるようになったからです。

 

きっかけはひどい鬱

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結論としては、友人の一言によって、私の双極性障害は今に始まったことではなく、とっくの昔から”一個性”として存在していたということが分かり、症状に対する考え方が楽になったのです。

 

1ヶ月動けない

大学院に進んだ時、あまりにもひどい鬱状態に陥りました。

もちろんそれまでにも、全く気分が乗らない時期というのは定期的に存在していました。

が、その時には研究室の人間関係や芳しくない研究結果、大好きだった演劇を病気で諦めたこと、その他もろもろが多いかぶさって、今まで以上に立ち上がれなくなりました。

 

鏡の前で見た自分の姿があまりにも醜くて、「疲れてるから休もう」と思ったその日から1ヶ月間、排泄と食事以外は布団で横たわり、ぼーっとする毎日を過ごしました。

 

1ヶ月経って、ギリギリ私の理性が「これはやばい」と病院へ足を運ばせたおかげで、その1ヶ月以降はなんとか休みすぎることなく大学へ迎えましたが。

 

友人の一言で救われた

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自分の中でリハビリではないですが、薬を飲み始めて心が安定してきた頃、友人に沢山会おうと思いました。人と接する機会が極端に減っていたものですから。

 

その日会った友人は、高校の時仲良くしていた人でした。彼と話している時に、その1ヶ月間のダメな時期のことを話し、こんな病名をつけてもらったよ、と報告したところ、

 

「高校の時からそんなだったじゃん」

 

明るく言われました。「そんなだったし、皆全然気にしてなかったじゃん」「そんな感じだったし、そんな感じが齋藤だったよ」と言われました。

 

私は自分の症状について厄介なものとして捉え、へこんでいたのですが、周りから見れば、その厄介さひっくるめて齋藤であり、気にするほどのことでもなくね?と言われました。

 

その時初めて、私は自分のこの厄介な性質のことを「なぁ〜んだ」と思えたのです。

 

こないだ会った友人には

ちなみにこないだ別の友人2人に会ったのですが、彼女達からも「大丈夫?最近は病んでない?」と聞かれました笑。

あまりに直球だったので笑えましたが、彼女いわく、私は学生時代から隙あらば思い込んだ顔で考えごとをしており、彼女としては心配だったのだそうです笑。

 

友人と会話して客観視を

躁鬱の症状だけでなく、精神的に色々と悩み事がある人は、全くもって気の遣う必要のない友人と会話して、その中で自分の姿を真の他人の目線から見つめ直すことをおすすめします。

 

躁鬱のみならず、精神的に抱え込む人はどうしても意識が内に向きがちで、客観視することがなかなか難しいと思います。

 

でも、自分が心を許せる相手の前で、自分がどう見えているか見ることで、実は自分の悩みが大したことない相手を悩ませるに及ばない問題だということに気づけます。

 

私の場合、躁鬱に振り回されていたのは私だけで、友人はそれをひっくるめて齋藤だと認識していたわけであって。躁鬱?そうなんだ、程度で済む話だったのです。

 

友人、そして会話ってとても大事だなあ、と思いました。

 

悩める方よ、ぜひ。

では。

 

◆本日の一冊◆

坂口恭平さんは皆の味方!