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タラレバ無限ループに突入。苦しくも楽しいパラレルワールドをこっそり大切に。

こんにちは、齋藤吐夢です。

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もしもこうだったら・・・ああしていれば・・・

そんな思いになることばかりだ。タラレバを考えなかったことなどない。でも、タラレバの分岐点で「今」を選択したのはまぎれもなく私自身である。だから悔いはじめては誰も幸せになれない

 

タラレバ無限ループ

正直タラレバなんて無限ループするものだから、あまり飛び込んではいけない領域だと思う。

 

もし過去が一掃できたら?

 

迷わず幼稚園の頃の私に声をかけ、「てめえのやりたいことはてめえで決めろ!」と一喝したい。きっと幼稚園の私を変えてしまえば、何もかもリセットされるだろう。

 

そのくらい昔の話から、私のタラレバは続いている。

 

ピアノなんてやりたくないと言っていれば、公文式をやめたいと訴えていれば、漫画クラブに入りたいと言っていれば、美術部に入りたいと言っていれば、絵を描くことを学びたいと言っていれば、留学していれば、あの時告白を素直に受けていれば、彼との別れを引き止めておけば、浪人してでも美大へ進んでいれば、演劇を学ぶ学校を選んでいれば、彼との別れをさっさと決めていれば、治療を拒んでいれば、無理矢理芝居の道へ進んでいれば、博士課程へ進んでいれば、内定を選んでいれば、内定を蹴っていれば、結婚しなければ、引っ越ししなければ、タラレバ、タラレバ・・・

 

苦しいパラレル

私のタラレバはつらく苦しいものばかりだ。あの時の選択のおかげで今があるのは事実だが、それについて前向きに捉えたことは少ない。全てが全て後悔だ。

だからこそ、タラレバは意識的に考えないようにしているのだ。考えようと思えば、いつ、どんな瞬間であっても十分考えられる。そのくらい私の頭はタラレバで溢れている。

 

楽しいパラレル

ただ、だからこそ、もしタラレバ無限ループに入りかけてしまった時には、楽しいパラレルワールドを想像して、互いに励ましあっている今の私と、分岐していたかもしれない私とで。

 

突飛な分岐を想像すれば、今の自分からかけ離れすぎていて何にでもなれる。有名人として忙しく毎日を過ごす分岐の妄想は楽しい。変態的に研究に没頭する私も楽しい。

想像すること自体は誰にも迷惑かけないし、私の中だけで完結する。なら、苦しいパラレルに自ら飛び込むより、楽しい妄想の世界へ入り込んだ方がよっぽど楽しいというものだ。

 

これを現実逃避とも呼ぶが、

現実逃避で心が守れるなら、

何度だってやってやる

 

自分を認めるための後悔なら

後悔はあまり心地のいいものではないけれど、自分を素直に認めることのできる後悔なら、タラレバで落ち込むことも別に悪くはない。

過去を振り返る行為自体は別に悪いことじゃあない。それで「今」と「未来」のためになるのなら問題はない。

 

過去に固執しすぎてタラレバがやめられないのであれば、時間が止まるみたいで、もったいないとも思うけれど。

では。

 

◆本日の一冊◆

タラレバに力を注ぐ男性の話(ちょっと嘘)

今週のお題「私のタラレバ」

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