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キュレーションサイトの一件から学ぶ。自分の失敗から学ぶ。それでも私は書きたい。

こんにちは、齋藤吐夢です。

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キュレーションサイトの一件が、どうにもこうにもほとぼりが冷めず、私の行っているクラウドワーキングもメインがライターなので、今まで以上に、真摯な情報収集をし、記事執筆をしなければなりません。

 

一件があったにも関わらず

にも関わらず私は失敗してしまいました。

契約してくださった方のマニュアルをしっかり理解できておらず、相手の望んだ文章を書かなかったという大失態を犯しました。誇大広告や虚偽を書いたわけではありませんが、相手の望んでいない情報を載せてしまったのです。

そのことについて契約してくださった方からの注意喚起と、今後の契約を断ち切られた時、このような一件で世間が騒いでいるにも関わらず、自覚が足りなかったと深く反省しました。

 

書くのは楽しい、伝えるのは難しい

そんな反省に自身の憂鬱な気分が重なって、その日は全く仕事にならなかったのですが、それでも私は文章を書き続けたいと思いました。

 

注意してくださる人の存在は本当に大きい。指摘していただけたのなら、何度でも訂正して、”正しく”そして”読者の望む”文章を書いていかなければならない。

だけどその中で分かりやすく伝えることの難しさは毎回直面します。科学的な文献を参考文献として扱う時、私はいつも文章を書く時には「小中学生でも理解できるように」をベースに書こうとしているのですが、やっぱりまだその域には達せていない

 

それが非常に悔しいのです。

 

もちろん失敗量が足りないのだとも思っています。どんな仕事もそう、失敗を繰り返して繰り返して、やっとのことで1つレベルアップするようなものなのに、私はその失敗に対して激しく落ち込むばかりなのです。その後どうするか考えるのが遅い。

それが悔しい。

 

論文の考察を深く思い出そう

けれど、反省していた中で、自分が大学と大学院で書いた論文のことを思い出しました。論文では自身の実験の方法や結果を書くほかに考察を書きます。今後の実験につなげるための考えを述べる考察の厚みは予想以上に重いのです。

参考文献は書物だけではなく、インターネット上に公開されている論文だって読みます。自分の中で、信頼性があるかどうかをじっくり読み込んでからその論文を引用し考えを述べていくわけですから、現在私が行っているWEBライティングと根本は近しいはずです。

 

あの頃を思い出すと、今回注意してくださった方は確実に教授の立場です。間違ったことをしないようにと注意喚起してくださったのだから、落ち込み続けてはいけないのです

確かに1度の失敗で失う信用や信頼は大きいものの、そこからどれだけリカバリーできるかが、今後の働き方に大きく左右することでしょう。

 

そう信じ込んででも、書くと決めたら書き、失敗したらその失敗を生かさなければ。

 

「失敗は成功のもと」

ブログには、私がそのまま思っていることを吐き出し、それを読んでくださる方が沢山います。本当に感謝しております。ブログも、クラウドワークも、真摯に取り組まなければと思います。

ブログにて働き方について色々とぎゃーぎゃー喚き散らすような文章を書きなぐっていますが、それは本当は、私の根底にあるのは「メンタルの弱すぎる私にとって”普通の”働き方ができない。怖い」ということの表れです。

 

私は”書くこと”しかもう能がないと自分で思っているのです。そんな数少ない能を自分の手でつぶしかけたことに猛烈に反省しています。

だけど「失敗は成功のもと」ということわざを知る。1度の失敗で全てが0になるような世の中なのは事実だけれどもそこからどう立ち直っていくかが勝負なのです

 

キュレーションサイトの一件自体も、全てが全てではなかったと思う。少なくともあのサイトたちに救われた、楽しまされた人もいると思う。”正しい”とは断言できなくとも娯楽として成り立っていたサイトも沢山ある。

このままキュレーションサイトが全て滅されれば、私の気持ちを楽しませてくれたくだらないメディアすらなくなるんだろう。

 

悪いところは正し、大切なところを揺るがずにいなければ。

 

では。

 

◆本日の一冊◆

 小学校国語をもう一度やろうかと。

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