真摯に芸術に向き合う姿を見よ。『最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常』

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こんにちは、齋藤吐夢です。

 

齋藤家は決して芸術一家ではありませんが、割と芸術に寛容な家族だと感じています。まず第一に父親は絵画やイラスト、写真が好きで、デザイン展示もよく観に行っています。母も気づけば可愛らしいイラストをびっしりメモ帳に描いていたりします。

 

『最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常』

 

そんな私の父は読書も好きです。が、基本的にウトウトしてしまって本を読み切れていないことがほとんどです笑。でも、そんな父が珍しく(相変わらず読み進めるには眠気で苦労したようだけど)読み切った本を貸してくれました。

 

東京藝大。私からすれば、下手すれば東大以上にブランド力が強く、個性が強く、対象物に対する熱意が強い、そんな学校に思える東京藝大で毎日芸術に取り組む学生さんたちの取材を基にして書かれたノンフィクションです。

 

カオスというか、そもそも次元が違う?!

カオスな日常、とタイトルについていますが、決してカオス、混沌、としているワケではなくそもそも立っている場所が違う見えているものが全く違うだけな気がしてなりません

 

惹き込まれる奥さんの話

読んでいて、まず冒頭、著者の奥さんの話からして、もうぷっと笑ってしまいます。嘲笑ではなく、あまりののびのびとした姿勢に思わず出てしまうぷっという笑い。奥さんが、著者が原稿執筆している横で、家賃六万円のアパートで、黙々とカメを切り出しているシーンから始まります。

 

奥さんは、カメのような大きな作品以外にも、いい感じのスプーンや箸も切り出して作ってしまうほどの、何でも作り上げる逞しさがあります。

 

そんな奥さんと対照的な“音校”の話

ただその真逆に行くのが、音楽に取り組む学生さんたちのお話しです。作中でも出てきますが、音楽というのは彫刻や絵画と違い、一過性の芸術だと言われています。音がその場に何年も残り続けるわけではないのです。

そんな一過性の芸術を作り上げるのは、紛れもなく演奏者である自分自身だし、だからこそ音楽専攻の人、“音校”の人は自分自身への鍛錬が素晴らしいもはやアスリート。いや本当にそう。

 

楽器を弾くために料理を作ったことがないという人も現にいる世界(手が荒れるから)。美術専攻も音楽専攻もストイックなことにかわりありませんが、自分自身を対象にストイックとなると、何がどうであれこの人達にはかなわないな~と思ってしまうのです。

 

好きで好きで仕方ない人もそうでない人も

私は美大にただならぬ憧れがあるタイプです。好きなことだけに没頭できる時間が設けられているのであれば最高だなあと思っています。だから私の大好きな絵をずっと描いていられるのであれば、本当に美大は天国だと思っています。

 

でも、この『最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常』に出てくる学生さんたちは、本当に好きで好きで仕方ない人ばかりではありません。“腐れ縁”という言葉を使って美術と自分のつながりを表現する人もいました。

でも・・・そうでない、芸術に対してそこまで激しく思い入れがあったわけではない、そんな人も気づくと絶対にそのモノに帰ってきてしまうのだと言います。だからこそ文化や芸術を背負っても軽々乗り越えられるのかもしれないと思いました。

 

カオスな日常から何をくみ取れるか

この本は純粋な、東京藝大にいる人ってどんな人なんだろう、という興味からだけでも楽しむことができますが、ある種の人生本自己啓発本にもなるんじゃないか、って思ってます。

 

だって彼らは並大抵じゃない努力を続けてきた人達なのだから。

 

フィールド、この本でいえば芸術ですけど、そこさえ置き換えればあなたも立派な○○生だということになりますしね。私はだからこの本を読んで励まされました。

自分の費やしたい時間や芸術のために切り詰めて生活している人も登場します。制作のためにご飯と納豆で生きてる的な人もいた。そんな彼らの日常を読んでいると、私は本当にまだまだなんだ!って思い知らされる。それだからこそ、この本は本当に良い一冊だと思いました。

 

押しつけがましい自己啓発本に飽きたら

ただ真摯に芸術に向き合う彼らを見よ

 

そこから何をくみ取れるかだ。

では。

 

◆本日の一冊◆