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不満やイライラは断捨離と共に消す。何もない空間=、あなたはなに?

こんにちは、齋藤吐夢です。

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私の生活拠点が変わったのですが、生活拠点を移すまでが本当に大変で大変で、非常にストレスフルな毎日が続いております。不満やイライラだらけで自分でも引いています。中途半端に人が良く、中途半端に頑固な自分を責める毎日です笑。

 

何もかもそぎ落としたい欲

そんな時、これから共に暮らすかもしれない、それも末永くお幸せに・・・となった時、不安が漠然と押し寄せます。

 

本当に?大丈夫?それが重荷になっていないかい?

 

私の頭の中にあったはずの楽しい思い出は一瞬にして沖へ持っていかれ、海岸に残ったのは将来への不満と逃げたいという気持ちだけでした。

 

だから、何もかもそぎ落としたい欲が現れるのです

 

要するに、いざという時に、リュックや小さなキャリーケース一つで逃げ出せる準備をしたいと思ってしまったのです。でも、それもいいでしょう。いつでも逃げられる準備をしておくことは何の罪もないでしょう。逃げたって罪ないけど。

 

不満やイライラを消す

しかし消すといっても、イライラするから相手を殺すなんて非人道的なことはいたしません。私もまだ人間でいたいので。

ただ例えば、いつか使うかもしれない、そんな風にとっておき続けたモノ、コト、それらを使う時であるそのいつかが来ないことへのイライラと共に不満やイライラを消すことにしました。

 

ええ、そうです。

断捨離です。

 

ただし、断捨離自体はかなりの勢いで生活拠点を移すぎりぎりまで続けておりました。しかし、まだまだ全然足りなかったのです。我が城は何もない部屋を求めていたのです

 

=さみしいという感覚について

ミニマリストに近しい母と

ミニマリスト、と呼ばれる人が登場する以前から、ミニマリスト直前くらいのモノのなさの中生きてきた人がおりました。それが私の母です。

私の母は空間を大事にする人でした。極力見えないところにモノをしまい、そしてその見えないところも抜かりなく余白を準備しておき、何かが足されても苛立たないように空間をつくりあげていました。

そんな母に生活の中で影響されていた私は、何もない部屋の居心地の良さを知っていました。どこに何があるか聞かなくてもすぐにわかるという素敵な空間をつくりあげた母のおかげで、何もない=快適となりました。

 

ミニマリストから遠い父

そんな私の母と対局に父はモノを持つことが好きです。とはいえ、ミニマリストに近しい母も小さなぬいぐるみ収集という趣味はありますが、母は丁寧に飾りあげます。母にも飾るスペースを欲する欲はあります。

 

しかし父は与えられたスペースを乗り越える人物でした。

 

読んだか読んでないかもわからないような書類の山。作業をするときはその山を床に置かないと何もできません。空いたスペースを見つけるとそこを満ち足りた空間にするのが父の欲望です。だから隙間はありません。

立派な本棚には時々同じ本が二冊あります。最後まで読み切った本はないと言います。そんな父からすると最終的には慣れたようですが、何もない=さみしいに値すると言います。

 

ミニマリストを否定する彼

彼もまだ、何もない=さみしい、の感覚の持ち主です。そして挙句の果てには我が城を他の空間にしようと企んでいるように思えて、ほんの少し恐怖です。

我が城は正直新しい生活空間の中で最も広い(リビングを除く、小部屋において)空間を得ましたが、それをモノだらけにすることだけが、広い部屋の使い方ではないと知ってほしいものです。

以前ミニマリストの本を見せたら「さみしいし、つまらない」と言われてしまいました。そういう感覚の人もいるよな、そりゃ。と思いましたが笑。

 

不満やイライラは断捨離と共に消す

それは思い出も同じ。捨ててしまっても後悔する思い出、もちろんありますが、それはそれ。これはこれ。捨ててしまって後悔する思い出は、後悔という想いで記憶に刻まれるので、それはそれで価値があるのです。

 

ということは不満やイライラを消し去りたいのであれば、捨ててしまえ

 

人がこれを聞いて、何でもかんでも捨てるのは勿体ないとか、とやかく言う言葉すら捨ててしまえ

 

己を苦しめるものは物だろうが者だろうがモノだろうが捨ててしまえ。それでいいのです。

では。

 

◆本日の一冊◆

私の断捨離バイブル。そもそも、もたない。

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