若者世代も上の世代も分かり合わなければ。“俺の時代”を押し付けるおじさんは願い下げ。

こんにちは、齋藤吐夢です。

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あるおじ様との食事で

会社員時代の一件を引きずりすぎて、おじさん世代に偏見を抱き勝手に怯えていたのだが、先日たまたまお会いした知見のありすぎるおじさんとは本当に楽しい時間を過ごした。

60歳を平気でオーバーしているそのおじさまは、“THE・仕事人間”ではあるものの、とにかく仕事が楽しすぎて仕方がないおじさまだった。

正直彼の残業120時間オーバーの話は今時ゆとり世代の私にとっては壮絶すぎたけれど、彼は「だって仕事が面白かったから」でその伝説の話を占めた。

こういうおじさまなら、「残業時間」についての議論を“今時ゆとり世代”としても炎上せずに済むだろう。よってたかって発言撤回を求めることもないだろうし、むしろ“そんな時代もあったねと~♪”なんてBGMがかかるくらい緩やかな話にすることもできそうだ。

この知見ありすぎるおじさまは、興味の幅が広すぎて、食も営業も社会情勢も宗教も宇宙も話せるものだから、一種の新興宗教のようだった。この台詞も彼が彼自身で言ったから面白かった。「宗教みたいで誤解されがちなことが多い」ww。

 

“俺の時代”を押し付ける系の人

一方で世の中には“俺の時代”を押し付ける系の人が存在する

「“俺の時代”はこうだった」と過去を持ち出し現在を憂い未来に対して希望はないと話し続けるおじさまは露骨に精神をえぐってくる。なかなか強烈な一撃をほんの少しの一言に込めてくるから結構恐ろしいものだ。

 

ただし彼らに悪気はない

 

むしろ大抵“良かれと思って”その攻撃を仕掛けてくる。

“良かれと思って”の部分だけ伝われば感謝できるほど重要な過去からのお言葉になるはずだけれど、大抵毒づいてしまって攻撃にかわる。非常に痛い。私は耐えすぎて片側だけ強化されてしまったw

 

(”俺の時代”押しつけ系の人の席がずっと隣だったので、彼の言葉を聞き続けた片耳だけが彼の言葉を華麗にスルー出来る能力を身に着けてしまったのだ!)

 

“俺の時代”も“私の時代”も過去なんです

”あちら側”からすれば、そんな彼らを憂う私自身は私の時代の持ち主なので私のことは「打たれ弱くてけしからん」存在なのかもしれない

でも正直言ってどちらの時代もしょせん過去の産物なのだ。自分の時代、それこそ揶揄されがちな○○世代の話をしたところで、今まさに進んでいる時間にそれはほとんど関係ない

だから“俺の時代”“私の時代”を持つこと自体は別にどってことないけど、押し付ける系のおじさんだけは願い下げだよっ!と言う。もちろん反対側から同じこと言われたってかまわないよ。「“私の時代”を押し付ける系の若者は願い下げだよっ!」。

 

価値観を”押し付ける”のはダメだ

知見ありすぎおじさまに感動した結果、会社員時代知り合った大量の“俺の時代”押しつけ系おじさんを思い出してげんなりしてしまった。もちろん知見ありすぎおじさまも、会話の節々に“俺の時代”は存在した

けれども話す姿勢も聞く姿勢も、“あなたにはあなたの世界、時代があるから決めるのはあなただけれどという結論は相手にゆだねるという姿勢が備わっていた。だからこそ興味深く話が聞けたし、私が「うへー」と思った残業時間についての会話も良い形で終えることができた。

価値観の押しつけは悲しくも、ある程度まで行くと押し付けられた側が折れて、伝播していくことが往々としてある。少なくとも私の身近にいたおじさんはそうだった。

 

「“俺”がやれたんだから、お前もできるだろ」

 

と言った次第。これは延々次の世代へ引き継がれる。新たな押しつけが始まってしまう。押し付けられた側が折れ、それをずぶずぶと吸収し、同じことがまた新たな若者に対してされる。

その風景はまるでマトリックスエージェント・スミスみたいね。相手を侵食して、同じスミスに仕上げてしまうの。想像してみたら益々おぞましくなってしまった・・・。

 

それはそれ、これはこれ

そんな風にして、自分の大切にしている“時代”と相手の“時代”を尊重し合う事ができたら、どんなに良いだろう

そうしたら、もっともっと老若男女がいがみ合う必要もなしに過ごせそうなのにね。

人間だから全員が全員なんて無理なんだけどね・・・。

では。

 

◆本日の一冊◆

 一方、私は上の世代を理解しなければ。