農と食を真剣に考える。『食のつくりびと 北海道でおいしいものをつくる20人の生産者』を読んで。

こんにちは、齋藤吐夢です。

 

 

生き物を食べる

私は食べることが好きです。

食についての関心があります。数回このブログにてお話しもしている通り、自炊に関しての興味は自分ひとりに対してなかなか向かないものの、食に関する興味関心は人並み以上だと思っています。

私はベジタリアンではありません。ベジタリアンの人を否定するわけでもありませんが、肉も魚も野菜も発酵食品も全て生き物です。私は生き物を食べて今も生きています。

生き物を食べるということの重さを感じながら、食事をできる時間がつくれるとそれはそれは嬉しいことです。科学を感じながら食べる即席麵などとは全くベクトルの違う感動を味わうことができます。

もっと食について知りたい。

そう思った時に、図書館で見つけたのが『食のつくりびと 北海道でおいしいものをつくる20人の生産者』でした。

  

北海道の大地と共に生きる生産者

 この本には、北海道で生きる生産者のインタビューが記載されています。生産者といってもフィールドは様々です。ここでは生産者を特集しているため、基本的には育てている人が登場します。

そのため海のフィールドで働く人は養殖を主とした取材がなされています。フィールドは海産物、地上で育てられる野菜や米穀、そして畜産となります。その全てから生きているものを育てる苦労や楽しさ、食すことのすばらしさを感じることができます。

この本の素晴らしいところには、全ての生産者が古くから農業をやっていた人ばかりではないことです。新規で農業に着手した新しい形の農業に挑戦する人の姿や、家族経営で続けてきた生産者、元々は別の食材に着手していた人など様々です。

ですが、全ての生産者の記事から読み取れるのは、その背負っている生き物、食への責任をしっかりと意識し、着々と丁寧に育て上げる人ばかりだということです。誰一人、気を抜かず、自分の信念を貫き通した生産をしています。

 

私が好きな章は「ホワイトアスパラガス」と「ユリ根」です。

 

どちらも見た目がたいそう美しく、見た目重視といっても過言ではない食材です。食す分には正直言って、見た目など気にせずとも美味なはずです。しかし彼らは販売する際に不利という理由ではなく、生産者としてのプライドを持って、その美しい見た目を維持することにこだわっているように思えます。

この考え方は私のような外から達観している者には、「大変そう」や「億劫そう」といった感想をもたらすかもしれません。けれども彼らの食材に対しての姿勢は 「大変」「億劫」で遠のけられるほど軽いものではないのです。彼らの視線は、我が子を育て上げるかのような丁寧さで構成されています。

他にも仲間と共に、消費者が安心できる米をと、有機栽培米に取り組むおじさま方の話や、農薬散布へのもやもやを払拭するために有機にこだわったトマトづくりをする方、時間をかけつつ美味しさを濃縮させることにこだわった海産物の養殖、完全に自然体で育てることにこだわった肉牛の話など、それぞれのこだわりが強く見られる取材ばかりです。

 

育てることは大変でもあり

私は農業や畜産などへの道は自分自身で断ちました。

憧れはありましたが、私には育てることに対する責任を背負う勇気がありませんでした。実際に、私はお酒造りを授業で習ったことがあるのですが、日本の伝統的なお酒である“日本酒”を造る実習の際に、それを思い知りました。

お酒も、微生物の力を借りた発酵食品です。微生物をうまく利用し、面倒を見ることで美味しいお酒を造り上げることができます。私は、この実習の時、微生物の面倒を丁寧に見てあげることができませんでした。

毎日毎日様子を見て、変化が生じたらそれに応じなければならない。

その行為を怠れば怠るだけ、味わいは劣化していきました。

その責任を私は負う事が出来なかったのです。

 

しかし、この『食のつくりびと 北海道でおいしいものをつくる20人の生産者』に出てくる生産者たちは、この育てることの大変さを語りつつも、育て上げた野菜や米穀、海産物や畜肉に対して、誇り高く魅力を語るのです。

 

第一次産業に想いを馳せて

食のつくりびと 北海道でおいしいものをつくる20人の生産者』に影響されて第一次産業に挑戦することは、今の私にはできません。けれど、作り手の想いを知った上で、その生産物を消費することならできます。

背景を知った上で食べる生産物はきっといつも以上に美味しいはずです。

私は、第一次産業に想いを馳せながら、今日も生き物を食べて生きていきます。

では。

◆本日の一冊◆