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めんどくさいなら、やめちゃえば?アメトークプレゼン企画『小さいことは気にしない芸人』で思ったこと。

こんにちは、齋藤吐夢です。

 

 

カズレーザーの「どうでもよくね」の潔さに感動です。

 

小さいことは気にしない芸人

先日アメトークを観ていたら、若手芸人プレゼン大会をやっていました。このプレゼン大会結構好きなのですが、その中でトップバッターを務めたのが、今をときめく芸人さん「メイプル超合金」のカズレーザーさんです。

彼は「小さいことは気にしない芸人」という企画をプレゼンしていました。

そして彼の独特な感性から生み出された企画の中に、まさしく「それな!」と思わせる内容があったのです。それが「それ、どうでもよくね」という企画内容。

例題として、彼の中で全く理解できないという

  • 「ごちそうさま」という文化
  • お酒の場での説教
  • 繰り返される同様の内容での説教

が挙げられていました。

いつものような本心の分からないようなニコニコ顔で話しているカズレーザーでしたが、一緒に観ていた夫が「お客さん何人か引いてるよね」という一言がまたまた印象的。この一言は事実で、彼の「わけわかんなくないっすか?」という言葉に、その場にいる数人が引いている様子は視聴者に伝わってしまったはずです。

 

しかし、私は「どうでもよくね」に潔さを感じたのでした。

かく言う私も会社や小さな社会の中で、理解できない文化があったからです。

 

飲み会翌日のご挨拶

これは、カズレーザーの挙げた「ごちそうさま」という文化に位置づけられるのですが、飲み会や何らかの催し事の翌日、お世話になった人のもとへ行き挨拶へ行くという文化です。

私自身はこの行為をやったことはありません。意味がないと思ったからです。

その場でのお礼の挨拶はもちろんします。奢ってもらうことがあったのなら尚更です。ですが、その場でした以上、それ以上のお礼は終わりが見えないのでやりませんでした。ですが同期は全員朝早く会社へ出向き、お礼を言ってから業務を開始するのです。

私の感性としては、「当日行ったからよくないすか」と思っています。

そして恐らくカズレーザーの企画内容に引いた人にとっては、この感性は全く理解されないものなのだと思います。むしろ、何言ってんの?そういう常識なんだよ。と言われるのかもしれません。

私はそういう常識がとっても理解できないし、無駄な時間だな、と思っていました。性根が腐っております笑。恐らくこの感性が生まれた理由として、その開催された飲み会や催し事自体に意味がないと思っているから、こうなったのだとも思います。

ものすごく感謝している相手には何度でも言いたいですよ、ありがとう。

ただ「ありがとう」というのは、自分から発される感謝の言葉だと思うので、わざわざもう一度言いに行くという文化?常識?は理解できなかったのです。言わなきゃいけないから言っているという人がいたら、別に言わなくていいんじゃね?って言っちゃうかもしれません。

そういう文化だ、そういう常識だ。という考え方に疑問を感じたのだと思います。

だから次のことに対しても疑問がありました。

 

お酒の場での説教

酒の場で特定の人に対して、説教を開始する人がいました。

隣で聞いていてとても気持ちのいいものではないし、なんでわざわざお酒の場で説教するのか意味がわかんない!と思っていました。私の真横で私の真横にいる夫の人間性についての説教が開始されたときには、こいつとは二度と飲まねえと思いました。

説教も身のあるものなら、その時は怒られているようでやだなあ、と思っても、後々すごく感謝します。ですが、お酒の場での説教で身のあるものに遭遇したことがありません。大抵説教してくる人が言いたいだけのことを延々聞かされるだけ。不快でした。

そしてまたその大半が、感謝しろよ、の体で話してくるんですよね。

いやいや、知らんがな。と思い、ただまあ変なことをしてまた説教スイッチ入れるのもめんどくさいので、適当に返事しながら妄想してその場を免れていたのは言うまでもありません笑。今考えると非常に器用なことをしていました笑。

 

めんどくさいなら、やめちゃえば?

そんなこんなで、めんどくせーめんどくせーと思いながらも、自分の意思を貫いてみたり、説教に適当な返事をして免れてみたり、していたのですが、もしも少しでも疑問を抱くこと、自身が嫌な事が起きたら、やめちゃえばいいと思ったんです。

人がどう思うか必死こいて考えて、先回りし続けたとしても、

相手のことを少しも思いやらない人間って結構いるものです。

そんな人のために一生懸命心くばりをしている私ってばからしいなと思ったんです。

相手を変える前に自分を変えた方が早いんです。だから、めんどくさいなら、やめちゃえば?何か発信すれば、今は皆がツッコミを入れられる時代です。何したって文句を言う人はいます。こんな発言をすれば、「これが社会人だよ」的な説教を垂れる先輩がいましたね。

くそくらえだ、そんなもの。

知ったこっちゃないんですよ、そんな誰が作ったかどうかわからない常識なんて。

 

ネタバレになってしまいますが、私の大好きな映画『スクラップ・ヘブン』の1シーンで「世界を終わらすのは簡単だ」と自殺を図る登場人物がいます。そう自分が動いてしまえば何でもできちゃうんです。自殺は極端ですが、確かにその人物は死ぬことで簡単に世界を終わらせてしまうんですよね。

 

だから、私もめんどくさいから、やめちゃったんです。

飲み会もほとんど参加しませんでした。何か理由をつけて二次会を静かに退散したりもしました。営業電話の申請もしませんでした。休日を休日として使えないなんてありえない。もちろんこんなことをした結果、名指しで責められたりもしましたが、貫きました。

仕事で死んだような目をしている人に説教されても響きませんでした。

 

極端だと思うかもしれないけれど

精神的に死なないためには、自分で選択する必要があるかと思います。

我慢しなければならないことも多々ありますし、道徳的にNGなことは絶対にやっちゃいけないとも思ってます。でも、これも私が決めたこと。私がこれはさすがに、と思っているから守っていることもあります。

もし先のことが不安で、疑問は抱いているけれど、何となく働いていたり過ごしている人がいたら私は言いたいんです。

「めんどくさいなら、やめちゃえば?」

結果困ることがあったとしても、自分自身が責任を負うだけなんだから、別にいいじゃない。何かを我慢し続けて精神的に死ぬのだけは避けてほしい。

直球の怒りとなりました。

失礼いたしました。

では。

 

◆本日の一冊◆

 

 「めんどくさい」の感性も人によりけりとは思いますが、読みやすい本でした。

結局私は、めんどくさいからやめちゃう、という選択肢に至ってしまいましたが笑。

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