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心の中も断捨離してみる。『心が浄化される瞑想の言葉』を読んで。

こんにちは、齋藤吐夢です。

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現在、お金はないが時間はある、状態にいる私は今まで手をつけることのなかったジャンルの本や経験に手を出してみているところなのですが、本日は『瞑想』というジャンルで本を読んでみたら面白かったので、それを紹介します。

 

ベジやオーガニックには興味がある

ベジ、と略しましたが、ベジタリアンやオーガニックについては昔から興味がありました。完全菜食、完全有機とまではいきませんが、元々野菜好きで料理の上手な母親のもと、そして自然豊かな環境が好きなことがきっかけで、父が暮らしたいと決めた青梅という立地のおかげもあってか、かなり身体や心に優しい環境におりました。

大抵そういう食品や化粧品の売り場に行くと、そこには『思想』も販売されていることがしばしばありました。世の中色んな情報にあふれています。何が正しいのかは自分で決めなければなりませんが、大抵そこに販売されている『思想』に対しては、特に反骨精神をむきだしにするでもなく、『思想』がそこにあるな~程度にしか思っていませんでした。

ベジやオーガニックに興味を抱き、大抵そこにある『思想』に対して、そのような考えしか持ち合わせていなかったにも関わらず、私には苦手なものがありました。それが『瞑想』や『ヨガ』です。

変な自意識過剰も芽生えていたのだと思いますが、”瞑想をやっている人”、”ヨガをやっている人”への抵抗が強かったのです。『思想』がないと入り込めないような・・・一種の宗教のような感覚が強く、触れることもままならなかったです。

 

しかし、現状疲れ切ってしまった心と体を休めるために、自宅で過ごすことが多いのですが、偏った考え方になるのは勿体ないなと思いつき、本屋で自分の普段読まないエリアに行くようになりました。

電子書籍にも目を通すようになり、苦手意識のあったお金に関わる本も今では積極的に読むようになりました。

そこで苦手意識のあった『瞑想』『ヨガ』に関する本も読んでみようと思い、『心が浄化される瞑想の言葉』に手を出すことにしたのです。

 

実際に読んでみると。

心が浄化される瞑想の言葉、これが本のタイトルです。正直なめてました。

 

最初はこの謎の風貌をしたおばさんに対して抵抗があったのですが、読んでみたら『すごい人だけど優しいおばさま』でした。相川圭子さん(相川圭子さんオフィシャルブログhttp://go.science.ne.jp/official_blog)という人物です。いや、実際にはかなりすごい、それこそ仏教のすごい修行を積んだ人だったんですが、仏教などに関心がない方に伝えるのであれば、『すごい人だけど優しいおばさま』だと思います。

 

自分で勝手に抵抗意識をつくっていただけで、読んでみるととても優しい言葉の詰まった一冊でした。偏見ってよくないな笑。苦手や不得意なものはあってもいいと思っていますが、偏見というより読まず嫌いや食べず嫌いは減らそうと反省しています。

 

もちろん、「神を信じること」的な強要はないとはいえ、少し神秘的な描写もでてきましたが、それこそ神を信じるか信じないかは自分の心で判断すればいいだけだし、そのようなページはある種の教養として読ませてもらいました。

 

案外、瞑想は堅苦しくない

もちろん中に書いてある瞑想は、本格的な瞑想のお話しもあり、実は”本来瞑想は一人でやるものではなく、師が必要”なんて書いてあったりもしましたが、そういう本格的な瞑想ではなくて、普段の生活から心を静かに穏やかにさせることができる、といった内容がありました。

普段の生活で瞑想しちゃう的な考えです。

そしてそれに関して一理あるなあ、とまんまと思いました笑。

その項目で書かれていたのは、普段の食生活や掃除・片づけで、心を落ち着かせることができるといった内容でした。確かに掃除や片づけがストレスになってしまう人も世の中いると思いますが、私は特に部屋の片づけや断捨離をすると心がすっきりするんですが、要はそういうのが大事!と書かれていたのでした。

知らず知らずのうちにプチ瞑想をマスターしてたぜ!と浮かれる私。

 

カルマの表現が面白い

カルマ、業みたいなもんですかね。これの分かりやすい表現が本当に分かりやすかった笑。「わかっちゃいるけど、やめられない」、それがカルマだそうです。だとしたら私カルマまみれだよ笑。

何か快楽に依存しがちだったり、片づけのできない子供にイライラしちゃったりだとか、そういう小さなモヤモヤがカルマにあたるみたいですね。とにかく感覚としては、「自分の感情を認めて、一旦落ち着きなさい。そのあと穏やかに生きようよ」ということを説いているのかな、って思いました。

 

心の中も断捨離してみる。

実際『思想』『瞑想』『ヨガ』に苦手意識を抱いていたものの、高野山にいって瞑想体験や写経は体験していた私。考え直してみると、強要されるのが嫌なだけで、考え方的には仏教になじみはあったかもしれません。幼稚園も仏教だったし笑。

でも宗教うんぬんかんぬんじゃなくて、単純に「自分が重きをおきたいもの、大切にしたいものはなにか」というのを考えるために、”~ねばならない”、”~したい”と思いすぎて疲れてしまう心の中をいったん整理して見直しなさいな、ってことなんでしょうね。

目をつぶって深呼吸するだけでも、もしかしたらこの本や『思想』の真髄は理解できるのかもしれませんね。

 

◆本日の一冊◆

 今回はこれを読んだので、これを紹介します笑。

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