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鬱の波がやってきたら。鬱々とした時の休み方のコツ3選。

こんにちは、齋藤吐夢です。

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精神面と体調に悩まされ続けて

 

私は双極性障害2型と診断されたのですが、

現在は薬を飲んでおりません。

癌の再発疑惑があった時に、また環境によって体調が左右されることが自分自身で分かった時に、「薬を飲んでまで、自分の人生をコントロールしてまで、"普通であろうと意識して生きる"必要はないんじゃないか」と考えたからです。

 

正直言って躁状態鬱状態の波は定期的に訪れているので、安定した生活が送れているかといえば嘘になります。

 

また今は自律神経失調症の名称をいただき休職しているのですが、会社にいた時につらかった動悸や息切れ、胸の苦しさが、果たしてストレスのみが要因のものなのか分からないため、日々不安定な状態です。

 

というのも金曜日に実家へ帰って、楽しい時間を過ごしたのですが、そんな金曜日から今日まで異様な喉の渇きや、息苦しさ、動悸、立ちくらみが治りません。

 

癌の定期検診が8月にあるため、主治医に相談する予定ではありますが、ストレスのみが要因だとは思えない現状がまたストレスになってしまわないか不安で仕方がないです。

 

精神面と体調面で不安になったら

不安になると、

どうしても「私は今"甘え"ているだけなんじゃないか」と自分を責めがちになると思います。

 

実際に"甘え"の時もあるし、"甘え"ではないのかもしれない時もあって、その境界線は曖昧です。言ってしまえば、答え方次第で誰だってお医者様から「あなたはうつ病です」と診断してもらえる可能性だってあるようです。

 

ただ、自分を責め続けて、今まで好きだったことに対して何の感情も抱けなくなったら(嫌いになったら、というよりは好きでも嫌いでもなくなったら)それはきっと"通常ではない"状態ですから、休んだっていいと思うんです。

 

とりあえずあなたがあなたを殺すよりマシ。

 

休んだって会社は回るし、あなたのことなんかあなたが思っている以上に誰も興味ありません。だから死ぬより休む方がマシ。

 

何かがおかしいなって少しでも気づいたら以下のやり方で休んでみたらどうですか?

 

1.飽きるほどゴロゴロする

ええ、とてつもない罪悪感に苛まれることでしょう。私もかつてそうでした。

 

布団の中で排泄時を除き、携帯電話を片手にゴロゴロ。そのうち、携帯電話にも興味をなくして、ただ天井を見上げるだけの数時間。

「一体私は何してるんだろう」

自分の非生産的な時間を悔やみに悔やみ続けてポロポロポロポロ泣きながらも立ち上がることができなかったのですが、今となってはその時間が存在して本当に良かったです。

 

非生産的な時間を悔やみながら、ポロポロ泣き続ける時間がその時は必要だったのです。

 

まずはしっかり休みましょう。義務感で動きがちなあなたが大好きな義務です。休まなければならないのです。have toが得意なあなたならきっと休むことができます。嫌になるくらい休みましょう。

 

2.自分を振り返りつつ断捨離する

躁状態が激しかった時の私は困ったことに、物を何でもかんでも買うのが好きでした。そして鬱の波がくると、そのことを後悔するのでした。

 

今、鬱々とした時には自分の本棚やクローゼットの前に立ち、本や服、雑貨などを取り出して見直します。どうしてこれを購入するに至ったのかを思い出しながら。

 

私の本棚は今、必要最低限の本しかありません。私が1週間に1度程度、本棚を見つめても手放したくない本だけが本棚には入っています。服も同じ。ジーンズは1本しかありません。スカートはふんわりとしたものと、タイトスカートが1着ずつ。無地の同じ形をTシャツを色違いで揃えていて、それだけです。

 

そこに至るまでは大変苦労しましたが、私にとって物が多すぎることは、私の過去をほじくり返すものが多いということとイコールでした。

 

鬱々とした時にはまずしっかり休み、そして自分について熟考できる期間にするといいと思います。自分について振り返り、情けないなとまた負の感情に陥りそうになったら、いっそ負の感情の要因を、全て断ち切るのはいかがでしょうか。

 

携帯電話には入っている、もう、連絡を取ることもない人のアドレスなども私は消しました。その結果連絡を取る友人の少なさに驚愕しましたが、彼らのことは大切にしたい、深く想いたいと思えたのです。

 

3.死にたくなったら自然のそばへ行く

まだ双極性障害という名前を知らなかった高校生の頃、鬱々とした気分になったとき、制服のまま、自宅近くの河原へおりて、川の流れるのを好きな音楽を聞きながら飽きるまで見ていました。

 

これは持論ですが、死にたくなった時に人工物に囲まれていると、死ねるような気がします。実際には死にたくなんてなくとも、何かの拍子に死ねるんじゃないかって思うことがあります。ただ、森の中や河原でぼーっとしていると、死んでもしょうがないな、と思えたのです。

 

ただ、ぼーっとさせてくれる存在だからかもしれません。

 

 自然のそばは、ベランダから見える空でも大丈夫だと思います。例えば今日、私は部屋を片付けるのに疲れきってしまって、家から一歩も出ませんでしたが、洗濯物を取り込むのに、ベランダへ出たら、夏の夕方の匂いがしました。

 

少し湿った空気に、暑さのピークが過ぎた温度、ほんのり埃っぽい香り。

 

今住んでいるところは都心にありますが、地元の河原と同じ匂いが感じられた時、「なんか、いいなあ」と思えたのでした。

 

つらいときは我慢しないでほしい

つらいときには、そのつらさを我慢しないでほしい。我慢しなければならない時は確かにあるんだけれども、これ以上我慢したら自分が壊れるなんてことは避けてほしい。

 

壊れた後どれだけつらいかは、壊れる前にはなかなか分からない。だからこそ、壊れないでほしいんです。

 

休むことに罪悪感があるのは仕方ないです。私も経験しました。認めます。ただ、どちらがいいかよく考えてください。

 

今、鬱々とした気分を抑え込んで、後で壊れますか?それとも、自分の鬱々とした気分に気づいた今、しっかり休んですぐに回復しますか?

 

 ◆本日の一冊◆

 

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